世界市場で、“蚊帳の外”からの挑戦。 日本のアドベンチャーツーリズムの未来を切り拓く。
観光の高付加価値化を実現するツーリズムとして世界で注目が高まっている「アドベンチャートラベル(AT)」。「アクティビティ」「自然」「文化体験」のうち2つ以上で構成される旅行と定義され、体験を通じて地域の人々との触れ合いを楽しみながら、その土地の自然と文化をより深く知る旅行のスタイルです。欧米豪の富裕層を中心に市場が拡大。日本アドベンチャーツーリズム協議会によれば、北南米・欧州・豪州の主要地域では、それぞれの国内市場を除く海外におけるアドベンチャーツーリズムの消費額だけで推計6,830億ドル(日本円約76.5兆円)ともいわれています。日本のATを牽引してきたのが、鶴雅グループ。世界へ日本のATの魅力を発信すると同時に、2018年「鶴雅アドベンチャーベースSIRI」を開業。阿寒でしか体験できないATをつくり、お客様の心を惹きつけ続けており、開業から6年でリピーター率45% 、メインターゲットとした欧米豪客の獲得を年々伸ばすなどの成功を収めています。
ATで阿寒湖の魅力を最大化するため、
ターゲットや発信手法を模索する日々。
2023年、アジアで初めて北海道で開催されたATWS(アドベンチャートラベルワールドサミット)は、64カ国から約750名の旅行会社、メディア、政府関係者が参加し、日本がATの有望な市場として世界的に認知される場となりました。日本において早期からATに取り組み成長を牽引しているのが、鶴雅グループです。1955年に阿寒で創業し、現在、北海道内に15のホテル・旅館を展開。マニュアルに頼らず、経営層から新入社員まで一人ひとりが、お客様のために何をなすべきか考え行動することを大切に、満足度の高い宿泊サービスを提供。北海道のブランド力向上と地域活性化に貢献することを企業理念に掲げています。
インバウンド集客に本格的に取り組み始めたのは2010年からでした。その舵取りを任されていたのが、鶴雅リゾート(株)取締役アドベンチャー事業部部長・高田さん。「当時は、アジア、特に台湾からのお客様が中心。ファムトリップの開催やアジア各国のエージェントに営業し、一定の成果を残していました。」
ところが2015年の大雪の日をきっかけに、ターゲットを大きく転換する出来事が起こります。大雪でホテルから一歩も外に出られず、状況を確認する多くの宿泊客でロビーが大混雑したことがありました。そんな時に、欧米からの観光客が「雪だから、しかたないね」とラウンジで、ワインを楽しみだしたのです。周囲の雰囲気が一変した瞬間に、高田さんは「これだ」と直感します。「ゆとりある旅程を組み、天候などのアクシデントも楽しむお客様。これが私たちのお客様とすべき層。欧米を積極的に受け入れていこうという方針に転換したのです。」
しかし、鶴雅グループには欧米豪層向けの商品の造成や集客に対するノウハウがなく、マーケット調査などできる手はつくしたものの戦略を絞りきれずにいました。そんな高田さんの元に、以前、ファムトリップに参加した北海道運輸局から「2015年のATWSに参加し市場を視察しないか」と提案を受けました。当時から鶴雅グループでは一部お客様向けにフィッシングツアーを案内していましたので「何かヒントを掴めるのでは」と、高田さんは開催地・アラスカへ向け出発しました。
無関心だった世界のツアーガイドが目の色を変えた。
ATは日本で成功すると確信した。
2015年のATWSでは、日本のATは全くと言っていいほど知られておらず、「何しにきたの」という雰囲気。日本のイメージは、東京、京都、神社仏閣、富士山、芸者で、アドベンチャーとは程遠いものでした。しかし高田さんが阿寒湖でガイドしている写真を見せたところ、アラスカのガイドが「嘘だろう。日本でこんな魚釣れるのか」と驚き、他国のガイドも次々に集まり、話が盛り上がっていきました。日本にもATがあるのだと認識された瞬間でした。
日本のATを海外に認知させると同時に、高田さんは大きな収穫を得ます。「『アドベンチャー』というとロッククライミングなどハードなものであり、日本の資源ではATとして成立しないと思っていました。しかし実際のAT市場はソフトからハードに分類され、キャンプやハイキングなどソフトアクティビティの領域が市場的にいちばん大きく、また日本に適していることがわかったのです。それは衝撃的な発見で、ATは日本で成功すると確信しました。」
企業の私益のためにやっているのではなく、日本の素晴らしい自然、文化、アクティビティを世界の人に楽しんでもらいたいという思いが、主催者であるATTA(*1)のキーマンに伝わり、後の北海道でのファムトリップ招致(2017年)やATWSの北海道・日本開催(2021年、2023年)の実現へとつながりました。2016年のATWSへの参加は、日本におけるAT推進の大きな一歩となりました。
高田さんは帰国後、阿寒の魅力を活かせるATは欧米豪をターゲットにする際に大きな強みとなる旨を鶴雅グループ代表・大西さんに報告。即座にAT事業へ本格的に参入することを決定しました。「お客様に阿寒に来てよかったと思ってもらえる付加価値を作って欲しい。会社に余裕がある時に投資をしたい。売上は二の次でいい。」という代表の強い言葉には、ATへの期待が込められていました。
2018年にATの拠点となる「アドベンチャーベースSIRI(アイヌ語で大地や山・峰の意味)」を開業。「最初の1年目は売上が伸びませんでしたが、その間もお客様を喜ばせたいという気持ちで、従業員たちが丁寧にフィールドを回って阿寒の魅力を見つけてくれたのは嬉しかったですね」と高田さん。目先の売上だけに左右されることなく、経営陣・社員が一丸で、阿寒の新しい価値を追求し、提供することにこだわり続けたことが、結果につながっていきます。
ATTA(*1)…Adventure Travel Trade Association。世界約100カ国から1,400会員から構成されるアドベンチャートラベル業界国際的な団体。
「楽しかった」、「また阿寒に来ます」
というお客様の言葉が原動力に。
SIRIは、2024年で開業から6年目を迎えました。エージェント経由、ファムトリップ、SNS、HP、口コミなどで堅実に販路を拡大し、現在は自社サイトからの申し込みが90%。リピーター率45%、欧米比率23%。魚が釣れない時期だからフィッシングには適していないとお断りしても、ありのままの阿寒を見たいと来てくださる方もいるほど、観光客の心を惹きつけています。
特にこだわっているのは、「本物を見せる」こと。人が意図的に演出する自然ではなく、その日そのままの風景や現象を見せながら、知識や経験にもとづくガイドのトークを添えて、自然を堪能してもらうこと。「実際に動物の姿は見えず足跡しかなかったとしても、足跡から大きさや生活する様子を想像する楽しみや知的好奇心を満たすストーリーや体験を提供するからこそ、お客様が喜んでくださるのです」と高田さん。
鶴雅グループが、国内外に顧客満足度の高いATを提供するうえで大事にしているのは、リスクマネジメントとストーリーを伝えるガイドの育成です。ガイドの選考基準は『人に対して気遣いができる人、対話ができる人』。トップガイドを置かず、フィッシング、ハンティングなど各自の得意分野・目線を活かせる体制をとっています。インバウンド対応で課題となる英語力について「日本人ガイドの英語力は海外から評価されています。むしろ課題は対話力。完璧な英語でなくてもいいので、臆せず積極的に話しかけていくことが大切です。」と高田さん。流暢でなくても、自分が持ってする全ての英単語を使って伝えようとする一生懸命さが、お客様の心に届くと話します。
「ATの商品を作る時、何か特別なものが必要だと考えがちですが、自分たちが日常的に楽しめるもののストーリーを、きちんとお客様にお伝えすることで、価値を生み出せます。例えば「松」でも、「これは松です」で終わらせず、松はアイヌの人々にとってマザーツリー。怪我をした時、道に迷った時、この木の下に来て力を貸してくださいと願うのです」とストーリーを伝えることで心に残ります。特にインバウンドのお客様は、日本人にとって日常の風景が特別なものになるのです。」