Model case 28

国境を越え、官民一体となった試み。 世界を魅了するナイトアクティビティが阿寒湖の森に誕生。

国境・立場の違うステークホルダーの合意形成を行い、
国立公園初となるナイトアクティビティを開発。

阿寒アドベンチャーツーリズム

2019年7月。阿寒摩周国立公園を舞台にした、世界初となる体験型ナイトウォーク「カムイルミナ」がスタートしました。アイヌの叙事詩に基づくストーリーが最新のデジタル技術で表現され、参加者は阿寒の森を歩きながら、自然と共生してきたアイヌの文化を体験します。2023年に行った出口調査では、参加者の92%が満足という高い評価。これまでインバウンドの多数を占めた台湾からの観光客に加え香港、マレーシアやヨーロッパからのお客様も増えています。「カムイルミナ」の誕生は、立場も国も違う多くのステークホルダーたちが、阿寒温泉を世界一の温泉地にするために取り組んできたストーリーでもあります。

Chapter 01

阿寒湖温泉を、世界で通用する観光地にするために。

阿寒湖温泉は、阿寒摩周国立公園の南側に位置し、特別天然記念物のマリモが生息する阿寒湖、雌阿寒岳・雄阿寒岳の火山、人々によって守られてきた深い森など、火山・湖・森が織りなす雄大な自然が魅力の温泉地です。また古くからアイヌの人々が利用していた温泉でもあり、「アイヌコタン(*1)」、「アイヌクラフトセンター」、「アイヌシアターイコロ」などアイヌ文化の発信地として知られ、阿寒の自然を守るためにアイヌ民族と地元住民が共に歩んできた地域。国内はもとより、海外、特に台湾からの多くの観光客が訪れる北海道を代表する観光地です。しかし近年では、観光客の高齢化や減少などの課題に直面しており、インバウンドを意識した取り組みを強化しなければ、将来的な発展が危ぶまれるという問題意識がありました。

「阿寒エリアは、2030年『世界・日本を代表する国立公園の温泉観光地 (阿寒湖温泉)』になることを掲げ、DMO(*2)・行政、ホテル・旅館など観光関係事業者、商店街、アイヌ工芸協同組合、阿寒湖漁協、森林の保護管理を行う前田一歩園財団などの多くの関係者が協働して、国立公園という立地を活かし観光価値を高めることに取り組んできたエリアです。」と阿寒アドベンチャーツーリズム専務理事・古川さん。

人々が守ってきた手つかずの自然、四季を通じて楽しめるアクティビティ、アイヌ文化は、阿寒の重要な観光の資源。この資源をもっと国内、海外のお客様に楽しんでもらうために、どうしたらよいかと考え着目したのが、欧米の富裕層に人気のAT(アドベンチャートラベル*3)でした。他の温泉地と差別化していく切り札となる夜間のコンテンツ開発を検討している時、世界的イベントを数多く手掛けるモーメントファクトリー(カナダ本社)が展開する「ナイトウォークシリーズ」を知り、トップ同士の会談を経て「世界初となる国立公園を舞台にしたナイトウォーク」という大きなチャレンジがスタート。このプロジェクト推進を担い、AT商品の造成・拡販を目的に2018年に設立されたのが、阿寒アドベンチャーツーリズム株式会社です。

 

アイヌコタン(*1)…コタンはアイヌ語で集落の意味。阿寒には道内最大級のアイヌコタン(集落)がある

 

DMO (*2)…Destination Management Organization(デスティネーション・マネージメント・オーガニゼーション)『地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協働しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人』(観光庁の規定)

 

AT アドベンチャートラベル(*3)…「アクティビティ」「自然」「文化体験」のうち2つ以上で構成される旅行と定義され、体験を通じて地域の人々との触れ合いを楽しみながら、その土地の自然と文化をより深く知る旅行のスタイル。

Chapter 02

静かな湖畔の夜の森のなかで アイヌ文化と最新のデジタル技術が融合。

体験型ナイトウォークアクティビティ「カムイルミナ(KAMUY LUMINA)」は、自然との共生を描いたアイヌの叙事詩「ユーカラ」のストーリーを幻想的な光と音で表現。参加者は約1.2kmの森の遊歩道をアイヌの杖をモチーフにした「リズムスティック」を持って歩き、自らが登場人物となり物語を体験します。世界初、国立公園を舞台にしたナイトウォークの完成までには、国立公園を活用するにあたっての数々の申請・許可業務、アイヌ文化の尊重、環境保護と最先端のデジタル技術の両立など前例のない挑戦が続きました。

事業企画統括部長山田さんは、当時をこう振り返ります。「いちばん苦労したのは、阿寒湖の森に暮らす動植物への影響がでないようなアクティビティの設計・運営です。環境省、林野庁、観光庁、釧路市、明治時代から阿寒の森を守ってきた前田一歩園財団へ私たちの想いを伝え、連携しながら進めていきました。動植物の生態に影響がないよう、毎日、決まった時間帯に設営を開始し、営業時間終了とともに撤去。常設する機材を最小限に抑えています。日中は観光客の目に触れないようカモフラージュするなど環境にも配慮しています。」

 

日々の運営は、モーメントファクトリーからテクニカルパートナーとして認められたプリズム社(本社・札幌)に依頼。鳥が巣をつくったら音量を落とす、倒木があったら迂回ルートをつくるなど、日々の自然の変化に対応し、美しい映像を観光客に届けています。制作にあたっては、アイヌの文化を正確に伝えていくため、ストーリー、音楽などの企画段階から、アイヌの人々と協働し創り上げていきました。

 

「プロジェクトを進めるにあたっては、多くの関係者の想い、市場の動向や国の施策など情報を整理することが必要で、ファシリテーターとしての役割を私たちが担っています。それぞれの方向性は違ったとしても、阿寒を世界一の温泉地にしよう、という最終ゴールを目指して三方よし、四方よしになるよう協調しながらやっていこうとした一つのカタチがカムイルミナです。」と古川さん。

カムイルミナは、阿寒の森の保護、アイヌ文化の尊重、国立公園という規制の中、国境や立場の違うステークホルダーと作り上げた物語とも言えるのです。

Chapter 03

多くのステークホルダーの想いを束ねて 世界のツーリスト達に伝えていくために。

 2024年で6年目を迎えたカムイルミナ。出口調査の結果、リピーターも多く、92%の顧客が満足という高い評価。もともと多かった台湾の観光客以外に香港、シンガポール、マレーシア、オランダ・ドイツなどヨーロッパ系、イスラエルなど中東系も増えて、阿寒湖の新たな観光コンテンツの柱となっています。

 「カムイルミナ」を認知してもらうためデジタルとアナログの両輪でプロモーションを展開し、補助金の活用も積極的に行ってきたと山田さん。「初年度はまず地域の方々へ阿寒の新しいコンテンツとして認識してもらうことからスタートしました。2年目以降は、補助金を利用しインバウンド対応を推進。モニターを設置し英語と台湾語、繁体字のテロップで表示したほか、1つ目のゾーンに着くとストーリーの説明が表示されるGPS機能付き多言語アプリを開発し導入。また地域おこし協力隊と協働し、SNS上では英語で情報を発信、スイス、日本、タイのインフルエンサーを活用し、プロモーションを行っています。」

 デジタルを活用する一方で、地道なアナログのアプローチも同時に進めています。阿寒湖温泉旅館組合と連携して、各ホテルのモニターやチラシでPRし、フロントでもチケットを販売。お客様の3割がホテルのフロントで購入しているデータがあり、もっと強化していくため人によるチラシ配布と説明を実施。道内地域ではフリーペーパーを使った広報を、台湾をはじめとした海外では現地に出向いてエージェントへの営業活動を行っています。地道な取り組みが結果につながり、2024年度の来客数は前年から約14%アップ(インバウンド比率約20)となりました。

 カムイルミナは年代や国を問わず、多くの人たちが楽しめるアクティビティになったと山田さん。

「カムイルミナは阿寒の遊歩道を、約1.2㎞、50分程度を歩いて、アイヌ文化を体験します。途中で本物の鹿が出てくることもありますし、晴れた日は星が綺麗ですし、風も感じられます。特別な装備も必要なく、気軽に参加してもらえる初心者向きのAT。阿寒の自然・文化に興味を持っていただく、いいきっかけになると嬉しいです。」

阿寒アドベンチャーツーリズムは、「カムイルミナ」のさらなる集客に力を入れていくほか、スキー場の運営や独自のAT商品の開発を積極的に行っていく計画です。広義のATとしての「カムイルミナ」を起点として、阿寒湖温泉の素晴らしい自然、文化、アクティビティを活かしたさらに魅力的なATが、より多くのお客様の心を掴んでいくことでしょう。

国立公園の魅力を最大化するための挑戦、「カムイルミナ」。全国に34ケ所ある国立公園。それぞれの場所での新たな官民連携の取り組みが生まれれば、国立公園は国内外からの旅行者にとって、もっと楽しめる場所になると思います。

 

文・兼松 真理

 

取材日:2024年10月23日
※本記事の内容は取材日時点のものです。

 

 

【「カムイルミナ」公式サイト:https://www.kamuylumina.jp/】