Model case 30

古代米、酵母、発酵。 日本の伝統技術・素材を科学の力で新しい価値に。

古くから人々の知恵や経験で発展してきた「発酵」を科学の力で、発酵科学スキンケアという新しい価値に転換。

株式会社シロク
  常務取締役・FASブランドマネジャー
  井上みなみ氏
 

株式会社シロクは「もっと、つくる。ずっと、のこる。」をミッションに、Webサービス事業、プロダクト事業を展開。2017年にリリースした「N organic(エヌオーガニック)」は、20代~40代の女性に大人気のスキンケアブランドとなっています。次にシロクが目指すのは海外展開。古くから日本で受け継がれてきた技術、文化を世界へ発信したい、長く愛されるブランドを作りたいと考え、着目したのが「発酵」。原料探しからスタートし4年の歳月をかけて2023年10月にリリースしたのが「FAS(ファス)」。発酵Fermentationと科学Scienceと名付けられた発酵エイジングケアブランドです。シロクの想いと情熱がつないだ各領域のプロフェッショナルとの出会いで作り上げられた「FAS」。リリースから1年、フラッグシップ「京都東山店」の2割はインバウンドのお客様。作り手の想いは確実に世界へ届きはじめています。

Chapter 01

変化の激しい時代だからこそ、
ずっと残るプロダクトを自分たちの手で作りたい。

 株式会社シロクは、2011年に設立し、メイン事業としてデジタルマーケティング、アプリ開発を手掛け、その後2017年に、スキンケアブランド「N organic」を立ち上げました。FASブランドマネジャーであり、「N organic」の立ち上げを責任者としてリードしたのが井上みなみさんです。

 Webサービスの会社がなぜプロダクト事業に参入したのでしょうか。

 「Webサービスはトレンドの移り変わりが速く、情熱をかけて作ったサービスも1年後にはなくなってしまうこともあります。私たちが得意とするマーケティングのノウハウや開発技術を活かし、お客様の想いに寄り添い、長く応え続けられるサービス・プロダクトを自分たちで作りたいと、プロダクト事業へ挑戦しました。」

 化粧品は必需品でありながら、生活に潤いを与えてくれる贅沢品。長くお客様とお付き合いできる商品です。効果的にECサイトを活用した「N organic」は、20〜40代を中心に大きな支持を集め、成功をおさめます。

 

 会社としてプロダクト事業を大きな柱に成長させたい。海外展開を見据えた次のプロダクトとして誕生したのが「FAS」です。開発に要した時間は4年。その間、日本の技術・文化、素材の素晴らしさ、作り手の誠実さなどを深く知るにつれ、日本の魅力をもっと世界に発信したいという想いがどんどん大きくなっていったと井上さんは言います。

 ターゲットは幅広い年代の美容・文化に対する感度の高い人。新しい成分を使いその効用を打ち出す従来のアプローチとは違う切り口で、美容の知識が豊富なお客様が見たこともないような新しい製品を作りたい。変化の激しい時代だからこそ、変わらないもの、日本に古くからずっと受け継がれてきたものに着目したいと、リサーチや消費者へのインタビューを繰り返し、探し求めてたどり着いたのが「発酵」でした。

 「発酵は体に良いというイメージはありましたが、最近では、その仕組みが科学的に解明され化粧品や医療の領域でも応用されています。現代においてもさらに技術として進化しているのが驚きで、知れば知るほど「発酵」が開発のカギになるという確信に変わっていきました」。

Chapter 02

情熱と行動量がつくりだした
各領域のプロフェッショナルとの必然の出会い。

 原料は品質を決める重要な要素です。ゼロから発酵の原料を探すなかで1万種もの酵母を保有している老舗麹店・秋田今野商店と出会い、共同のプロジェクトがスタート。様々な原料を試すなかで米、特に栄養価の高いアントシアニンを多く含んでいる黒米を使いたいと考えた井上さん。日本中のいろいろな産地を調べている時に、商社を介して紹介されたのが古代米を復活させた京丹後の黒米でした。

 京丹後の黒米は品質が高く、奈良時代に宮廷へ献上されたほど。明治時代に入り白米の輸出を強化する国の政策により、栽培が禁止され絶滅していましたが、1300年前の古代米を後世に残したいと復活させ技術を継承しているのが「芋野郷赤米保存会」です。井上さんは現地を訪れ、栽培に対する姿勢、品質の高さに惚れ込みました。

 保存会はそもそも営利目的の団体ではないことや食べるために作っている米を化粧品に使うことへの戸惑い、人員や生産体制の問題など、多くの不安を抱えていました。

 「片道6時間かけ何度も通って、腹を割って話し合い、不安の一つひとつに寄り添い、一緒に解決に向けて2年間、取り組みました。田植え・稲刈り、地域の懇親会に顔をだしていくうちに、地域の人の半分以上が顔見知りになり、私たちの想いが伝わり『一緒にやろう』という空気が生まれましたね。」芋野赤米保存会はFASと契約し、農地を20倍に拡大。今では地域のより多くの人が生産に関わっています。一般的にメーカーは安定供給やリスク回避のため原料を複数から仕入れますが、FASの原料は品質面からも地域の経済・文化を支えるという意味でも保存会の一か所のみ。そうした取組みも強い信頼関係につながっています。

 京丹後の古代黒米に、秋田今野商店と協働で1万の菌から選んだ酵母を加え、独自の2段階発酵技術を活用し、FASの主軸成分となる1滴に738種もの成分を含む「黒米発酵液」が完成しました。

 完成までには多くのプロフェッショナルとの出会いがありました。出会いをつくるのは「行動量と熱量」。「その領域のプロを調べ直接問い合わせる、自分たちの想いを多くの人に発信するなど、まず行動がすることだと思います。そして一つひとつの出会いを決して疎かにせず定期的にお会いし、持続した関係を構築することを心がけています。」

Chapter 03

国内で、海外で長く愛されるブランドにするため、対話を通じて、丁寧に、深く広げていく。

 「FAS」は、発酵技術や誕生の背景を直接、消費者に伝えるため、店舗での販売をメインとしています。2023年10月のリリースにあわせて京都・フラッグシップ店「FAS 京都東山店」をオープン。東山店は、築100年の一軒家を「土」をテーマにリノベーション。京都伏見の深草でとれる「深草土」、法隆寺にも使われている伝統的な壁溝法「版築」、照明・障子には800年続く京都府指定無形文化財「黒谷和紙」を使用するなど、伝統技法が随所に施されています。1階のカフェでは発酵と科学をより身近に感じてもらうため発酵料理やワークショップを開催するなど、販売するだけではなく、FASの理念、製品が生まれた背景、発酵など日本の文化を伝える情報発信の場となっています。

 店長の山岡さんは「お客様の2割がインバウンドの方です。通りすがりに何の店だろうとフラッと立ち寄られるお客様も多く、「発酵」、黒米のストーリー、ボトルの機能美に興味を持つ方が多いですね。購入されたお客様がSNSで発信したり、お土産にもらったお客様が来店されたりするなど、私たちがストーリーをお伝えすることで、発酵や京都、日本の文化により興味を持っていただくことが嬉しいです」。

 独自成分「黒米発酵液」に加えて、京丹波の「黒豆」から独自成分として開発した「黒豆ペプチド」を配合した「FAS ザ ブラック クリーム」や「FAS ザ ブラック デイ クリーム」、さらに京丹後の「百花蜜」を発酵させて配合した「FAS ザ クリア クレンジングジェル」を新たに発売。また化粧品にとどまらず、様々な分野の作り手と協働する「FAS THE CRAFTS」をスタート。能登のガラス工芸作家とのコラボレーションなど、地域との連携も積極的に行っています。

 当初2アイテムでスタートしたFASは現在12アイテムに増え、新商品発売にあわせ情報発信することで認知度アップにつなげています。今後は本格的な海外展開を見据え、海外需要のリサーチや消費者調査を行いエリア・国ごとに具体的な戦略を立案。 Webマーケティングの知見と、対面でのヒアリングや店舗で得られたリアルな顧客の情報を活かしていきます。

 「FASを作った背景、作り手の想い、誠実さを、もっと多くの方に知っていただき日本のブランドとして深く広く、世界に認知されるものにしたい」。長く続いているものにスポットをあて新しい価値を見い出していく井上さんの取り組みは、これからも続いていきます。

FASは製品の機能はもちろん、誕生した背景や日本古来の技術・文化などストーリーを伝えることを大切にしています。「ストーリーとは計画してつくるものではなく、あるもの、そのものを伝えるもの。探求心を持ち、第三者の視点で言語化し、アーカイブしていくことが大切。話し手の探究心、好奇心が人の心をゆさぶるストーリーを生むのだと思っています。」と井上さん。アーカイブされたストーリーをタイミングや顧客の志向にあわせて、語りかけています。

FASの取り組みは、「発酵」と「科学」というように、普段私たちが当たり前だと思っている伝統的な技術に違うアプローチを加えることで、新たな価値やストーリーをつくりだせる、ということを教えてくれました。

 

文・兼松 真理

取材日:2024年11月12日
※本記事の内容は取材日時点のものです。

【「FAS」公式サイト:https://fas-jp.com