Model case 20

「命をいただく」ことに感謝し、
十勝発の食肉文化を生みだす。

株式会社ELEZO社
食肉料理人集団「ELEZO」 代表取締役社長
佐々木 章太

ジビエとは、狩猟した野生鳥獣の食肉のこと。ヨーロッパでは貴族の伝統料理として発展してきました。現在日本国内のレストランで提供されるジビエは、ヨーロッパからの輸入が主で、国内での安定供給は、人材不足や解体・加工、衛生管理技術の確立などの点で実現が難しいとされていました。その課題に新たな発想で挑んだのが、食肉業界の革命児と称される「ELEZO(エレゾ)社」です。 エレゾ社は北海道・十勝地方の東南端に位置する豊頃町を拠点とし、自社で「生産・狩猟部門」、「枝肉熟成流通部門」、「シャルキュトリ(食肉加工品)製造部門」、「レストラン部門」を持ち、ジビエを主軸とした食肉の自社一貫型生産体制を確立。「食材の生い立ちや背景が見える料理」を提供し続けています。東京虎ノ門のレストランや、2022年に完成したオーベルジュには、広告・宣伝を一切していないにもかかわらず、海外からも多くの人が訪れ、高い評価を得ています。

Chapter 01

効率化によって見失われた命への感謝。

 エレゾ社の代表取締役佐々木さんの実家は、帯広では誰もが知っているレストランでした。もともとはプロのアイスホッケー選手を目指していましたが、高校生の時に家業を手伝うことを決意。専門学校を卒業後、レベルの高い環境で技術を磨き、誰よりも早く成長したいと東京都内のレストランやラグジュアリーホテルなどで修業後、2003年に地元へ戻り、実家のレストランに就職しました。
 「食肉の自社一貫体制」をつくるきっかけは、お店の常連のハンターが持ち込んだ蝦夷鹿でした。自らも解体に加わり、「命から食材に転換する場に立ち会い強い衝撃を受けました」と佐々木さんは語ります。「人は自然から恩恵を受けながら生きているのに、食材が消費者に届くまでに分業化・効率化され、どのような過程を経てきたのか見えない。前工程のことを理解せずに、最終表現者であるシェフの責務を担っているつもりだった自分が愚かしく、命をいただくことに想いを馳せ、感謝をせずして、食文化は成り立たないと強く思いました」
 日本人が大切にしてきた「いただきます」という、命をいただくことへの感謝の気持ち。食材の背景を伝える食文化をつくりたい。では、どうすればいいのか。
当時、24歳だった佐々木さんが描いたのが、料理人である自分が起点となり、食肉流通のすべてをつなぐ自社一貫型生産体制を構築すること。「狩猟から料理までをつなげ、お客様へ食材の背景を伝えることで、ハンターや解体業者の存在価値を感じてもらうことができると考えました」。
 国内のジビエを扱うレストランはヨーロッパからの輸入が中心で、国産のジビエは専門商社から仕入れるか、猟師と専属契約するなどの方法しかありません。解体した蝦夷鹿をお世話になった東京のシェフに送ったところ、想像以上に喜んでもらえたこと。そして、「他のシェフたちも、いいジビエが手に入らなくて困っているから送ってあげてほしい」と、周囲から求められたことも後押しとなりました。
 2005年、料理人を起点とした食肉フードチェーンの確立という前例のない挑戦がスタートしたのです。

Chapter 02

命を余すことなくいただくために確立した、
革命的フードチェーン。

 エレゾが確立したフードチェーンは、狩猟や家畜・家禽の生産を担う「生産狩猟部門」、エレゾの考えに共感してくれるレストランに限定し生肉の卸販売を行う「枝肉熟成流通部門」、低需要部位をテリーヌやサラミなどに加工し付加価値をつけて百貨店・セレクトショップ・自社サイトで販売する「シャルキュトリ(食肉加工品)製造部門」、食材の背景やエレゾの思想を直接、料理という形でお客様に伝える「レストラン部門」の4部門です。 生産狩猟部門では、料理人の視点を活かし、レストランから求められる品質をクリアするため動物の月齢、撃つ場所、処理施設に運び込むまでの時間など徹底したルールを設定。ハンターごとにバラバラだった従来のやり方に風穴をあけました。新しい取り組みに反発もありましたが、エレゾの考え方に賛同するハンターが増え、現在30名のハンターと協働しています。
 また2007年からは狩猟に加え、三元豚、短角牛、真鴨など飼育を開始。責任者を務める三澤さんは「牧場は、ジビエを内包した生産スタイル。一般に、流通している豚は6カ月で出荷されますが、エレゾの三元豚は肉がおいしくなるよう1年半かけて、地元の芋や野菜を与え、じっくり育てます。傾斜地で運動をさせるため筋繊維が発達し、旨味があるんです」と笑顔で語ってくれました。
 2009年には、十勝・豊頃町大津に「ELEZO LABORATORY(エレゾ・ラボラトリー)」を建設。HACCPを取得しているこの施設では解体処理、加熱加工、熟成処理などの作業をすべて施設内で完結できます。責任者の金子さんは元シェフ。「私たちはただ肉を提供するだけでなく、会員のレストランに実際に食べに行き、コンセプト、客層、シェフのビジョンなどを把握。この肉だったら、このレストランへとシェフの顔を思い浮かべながら提案を行っています」と料理人起点ならではの特性を活かしています。
この一貫体制を確立する際、意識的に他の成功事例は見ず、独自でつくり上げていきました。エレゾの想いに賛同し全国・海外から十勝に集まったスタッフは約15名。全員が一つの家族のように暮らし、自分たちでも味わいながら、どうしたらもっといいものにできるかを全員で考え続ける毎日だと言います。創業から18年。愚直に、真摯に目の前の「命」と向き合う。その継続力もエレゾの強さです。

Chapter 03

日本で、そして世界で。
想いを同じくする仲間と食文化をつくる。

 佐々木さんが描いた第一章、命から料理までをつなぐフードチェーン確立の締め括りとして、2022年 オーベルジュ「ELEZO ESPRIT(エレゾ・エスプリ)」が誕生しました。ラボラトリーから車で5分、灯台がある小高い丘の上に建ち、太平洋が一望できます。部屋にはテレビも時計もなく、豊頃町の自然のなかでエレゾの料理を味わえる特別な場所です。特別な宣伝や広告は一切行っていません。しかし、ヨーロッパ、アジア、オセアニア、アメリカなど世界各国から観光客が訪れています。
 「ただ『美味しかった』でお客様に帰っていただくのは失敗。私たちの料理を通じて、いただいた命に想いを馳せ、エレゾの取り組みを理解していただくことがゴールです」
と語る佐々木さんの視線は海外にも向けられています。エレゾ・エスプリで提供されているワインは、佐々木さんの思想に共感したオーストラリアのワイナリーがエレゾの肉に合わせてブドウをつくり、醸造したもの。 「オーストラリアは食肉大国の一つですが、日本と同じようにフードチェーンのなかで報われていない方が多い。将来はオーストラリアでエレゾのノウハウを提供し、一緒に食文化をつくっていきたいと考えています。日本の知恵や技術が海外から求められていることが、日本にとって、私たちにとっても力となります」
佐々木さんにはブリスベンと日本で食のイベントを開催するなどの取り組みが評価されクイーンズランド州政府観光局から日本人で初めてとなる「Friend of Queensland」が授与されています。
 また「肉一片、血一滴も無駄にせず、命を余さずいただく」ことを徹底的に追求し、皮を利用したレザーバッグの生産もスタート。日本の食肉産業をより強くしていくための若手育成アカデミーの設立も計画中です。 エレゾが描く第二章は、すでに始まっています。
 「私たちは会社を拡大するのが目的ではなく、食文化をつくることが目的」と語る佐々木さん。創業から18年。取引先のレストランも年々増え、現在、日本全国に300店舗。国内はもとより海外へも、エレゾが信念を貫き創り上げた食文化が広がっています。

エレゾの拠点は、十勝地方の東南端に位置する豊頃町大津。海と山の幸に恵まれた土地です。明治時代に政府主導で北海道開拓が行われたなかで、唯一民間団が開拓した場所。「食」の未来を自分たちの手で切り拓くエレゾに相応しい場所だと感じました。オーベルジュで提供されるコースには豊頃町の野菜と魚介が盛り込まれ、地元の「名品づくり事業」にも携わるなど、地域との協働も積極的に取り組んでいます。
ヨーロッパの文化だったジビエが、十勝で進化を遂げ、食材の背景を語る料理が海外の人々を惹きつけています。本当の意味で「命をいただくことに感謝する」という食文化が日本に根付き、また海外にも広がれば、「食」はもっと豊かなものになるのではないでしょうか。
文・兼松真理

【株式会社ELEZO社 食肉料理人集団「ELEZO」ホームページ: https://elezo.com/