
100年を超える腕時計づくりへの情熱と伝統を継承。 多彩な伝統工芸とタッグを組み、日本の美意識を世界へ。
2021年に創業140周年を迎えた、日本を代表するウオッチブランド・セイコー。その起源は、1881年に服部金太郎が始めた服部時計店に遡ります。1892年には時計工場「精工舎」を設立し、1913年、国産初の腕時計“ローレル”を発表しました。以来、数多くの世界初、日本初の商品を生み出しています。 グランドセイコー、キングセイコー、プロスペックス、アストロン、5スポーツ、ルキアなどのブランドを展開する中で、近年、日本だけでなく海外からも注目と称賛を集めるブランドがあります。それは、フランス語で予感や予兆の意味を持つ“プレザージュ(PRESAGE)”。セイコーの長い歴史と日本の美意識を融合することにより、豊かな時を愉しんでほしいという『多くの人たちの想い』が込められた、機械式腕時計ブランドです。日本のモノづくりの歴史、伝統、英知が集結したプレザージュの誕生から現在まで、背景に流れるリアルなストーリーをお届けします。
Chapter.01 日本が誇る伝統工芸品や美術品に通じる高いデザイン性と機能美。 プレザージュのコンセプトは「手の届く日本独自の本格機械式腕時計」。
セイコーの腕時計が誕生してから100年を迎えた2013年に、特別な商品が企画されました。それは、1913年に発売された国産初の腕時計“ローレル”をオマージュしたものです。当時と同じく文字盤に琺瑯(ほうろう)を採用し、当時の雰囲気を再現しながら細部をリデザインした限定モデルは瞬く間に完売。ソーラーウオッチや電波ウオッチが全盛だった時代の時計業界において、新鮮な驚きを与えました。
「機械式腕時計は、時を知る道具であり、人生を共に歩むパートナー。小さな世界に、人類の歴史と英知とロマンが詰め込まれています。そんな機械式腕時計の魅力を、より多くの方に伝えたいという想いから、2011年にプレザージュというブランドはスタートしました」と語る広報・PR室長の平岡さんは、プレザージュブランドの初期からプロダクト開発に携わってきた一人。大々的なPRを行っていないにもかかわらず、一般のお客様、販売スタッフ、そして時計メディアからも高い評価を得た限定モデルは、プレザージュの大きな転換点となりました。
限定モデルの成功を経て新たに生まれたのが、プレザージュの「クラフツマンシップシリーズ」です。100年経っても色褪せない琺瑯ダイヤルの美しさは、まさに日本の伝統工芸を象徴する「匠の技」。2023年には、そうした「日本の美」を後世へ伝えていきたいという願いを込めて、4つの特別な限定モデルを揃えました。
セイコー腕時計の始まりを象徴する「琺瑯」。
艶やかな赤茶色の深い色合いを追求した「漆」。
海の色彩と透明感を表現した「七宝」。
磁器特有の立体形状とガラス質の釉薬が独特の表情を見せる「有田焼」。
いずれも日本を代表する工芸であり、メイドインジャパンの誇りを持って製作されました。
2011年からプレザージュに携わり、2013年限定モデルのデザインも手掛けたのがデザイナーの富田さん。「100年後も残るデザインとはどんなものか? デザイナーとして、セイコーの歴史の中から継承すべきものを抽出し、より洗練させながら、未来へ繋いでいく役割があると考えています」。もう一人、プレザージュのデザインを担当するのは、デザイナーの合田さん。「実際にその地域を訪問して職人さんとお話するなかで、伝統工芸が続いてきた理由を知ることが刺激となり、デザインにも生かされています」。
「クラフツマンシップシリーズ」は、“手の届く日本の美”を重視し、日本の伝統工芸を日常で使う喜びを味わってもらうための腕時計。その完成までには、「日本の伝統工芸とセイコーの技術を融合させ、もっと多くの人へ届けたい」という開発者たちの想い、「職人さんの技術への情熱をデザインで表現する」ことを目指した富田さん、合田さんのチャレンジがありました。そして、忘れてならないのは、過去に例のない素材を使用したダイヤルの製作に向けて、セイコーと職人さんとの橋渡し役となった外装部門の設計者や技術者達です。「工業製品としての腕時計には常に一定の品質が求められますが、伝統工芸は職人さんが一点一点手作業で仕上げることが当たり前ですし、それが魅力でもあります。例えば、有田焼の壺や食器と異なり、腕時計のダイヤルの製作では髪の毛一本より細い、ミクロン単位の精度が必要です。何度も試作を繰り返し、量産が成功するまで10年ほどかかりました」。


Chapter.02 業界では極めて稀有な、磁器の腕時計ダイヤルを実現。 有田焼が持つ独自の“瑞々しさ”が、多くの人を惹きつける。
有田焼は日本で初めての磁器として1616年に現在の佐賀県有田エリアで生まれて以来、400年以上にわたり日本中で愛されてきた銘品。今回特別に創業190年の老舗「しん窯」を訪問し、有田焼ダイヤルを監修する陶工・橋口博之さんと窯場チームリーダーの川口敏明さんからお話をお聞きすることができました。
「有田焼は、地域が持つ歴史、独自の素材、受け継がれてきた製法、そして有田焼を愛する人たちの想いが積み重なっていることが大きな魅力になっているのではないかと思います。この地域にはたくさんの窯跡や窯元がありますが、それは多くの人たちが関わり、支えてきた文化の証でもあります。それぞれの窯元が個性を持ち、お互いを認め合うことで“有田焼”というブランドを地域が一体となって形成しているのだと感じています」。そう語る橋口さんは、セイコーウオッチとの出会いをどのように捉えているのでしょうか?
「伝統を守っていくためには、革新が必要です。有田焼も時代の変化に対応して、より軽量化したり、コンパクトにしたりといったことを行ってきました。腕時計のダイヤルを有田焼で製作するというのは過去に例のないことで、すごくやりがいのある挑戦だなと思いました」。そして、実際の商品化・量産までには多くの乗り越えるべき壁がありました。
「磁器は、温度・湿度・気温、さらに含水率や粒子の大きさでも変化するんです。数値は揃っていても焼いてみないと分からない。これは神の領域ですよね。どんどん研ぎ澄ましていくと、工業製品らしくなります。しかし、その中で、とろりとした艶感で、気品ある青味がかった有田焼独自の“瑞々しさ”や色合いをどう表現するか。それが最も難しかった部分です」。
また、ここで重要なファクターとなったのが、有田地域のR&D部門のような役割を担い、磁器に対する市場ニーズに対応するための磁器材料や釉薬の開発を行いながら県内の窯元・メーカーをサポートし有田焼全体の振興を支える『佐賀県窯業技術センター』の存在です。腕時計に求められる耐久性に必要な強度を実現するため、佐賀県窯業技術センターが開発した従来の4倍以上の強度を持つ世界最強磁器が採用されているのです。佐賀県窯業技術センターは工芸品を工業品の一部として量産化するための技術開発も行うことで、セイコー(精密機械)×しん窯(伝統工芸)のコラボレーションをサポートし、量産化への実現可能性が大きく高まりました。まさに工芸品と工業製品のはざまで、しん窯+プレザージュ開発チーム+佐賀県窯業技術センターが協力しながら様々な試行錯誤を重ねた結果、セイコーの要求品質をクリアする初めての本格的な有田焼ダイヤルが誕生しました。
「プレザージュは、セイコーウオッチと有田焼が、両方の強みを活かしたモノづくりのスタイルを実現できた製品だと思います。特に量産化にあたっては、佐賀県窯業技術センターの研究企画部・部長である蒲地伸明さんに尽力していただきました。ダイヤルは腕時計の顔ですが、それを誰がどういう気持ちで作っているのか―作っている人の顔が見えるように感じてもらえれば、嬉しいですね」。


Chapter.03 日本の伝統と匠の技を後世へ伝えていくために。 世界で評価されるプレザージュの独自性。
日本の美意識を世界へ発信するというプレザージュの独自性は、ドイツ・フランスを中心としたヨーロッパ各地で高い評価を受けています。製品として素晴らしさはもちろんのこと、その背景にある職人技へのリスペクトや伝統工芸にまつわる文化的ストーリーが共感を呼んでいるのかも知れません。
広報・PR室長の平岡さんは「本物は実際に見ないと、その魅力は分かりません」と言います。「例えば有田焼ダイヤルは一つとして同じものはなく、一本一本の表情に個性があり、店頭でも一般的な工業製品とは異なる説明を行うようにしています。漆ダイヤルの「漆黒」がダイヤルの中に無限の奥行きを感じさせるのも、実際に見てもらってこそ分かるもの。そうした良さを理解してもらうためには時間がかかるので、あせらずゆっくり伝えるようにしています」。
「いろんな人を巻き込んで、一つのモノが出来上がっている。それがすごく楽しい」と語るデザイナーの富田さん。「デザインが職人さんや売り場の方、ユーザーの方という多くの人たちをつないでいるのは、デザイナーとして幸せなことですね」。デザイナーの合田さんは「着けやすいサイズ感や、今、着けたいと思えるバランスを大切にしたい」と語ります。
プレザージュは現在、伝統技法を駆使したダイヤルが特徴の「クラフツマンシップシリーズ」、用の美に着想を得た「クラシックシリーズ」、カクテルを思わせる艶やかなカラーダイヤルの「カクテルシリーズ」、時代を超えて愛されるセイコーのヴィンテージスタイルを表現する「スタイル60’sシリーズ」、日本庭園にインスピレーションを得た美しいダイヤルが魅力の「ジャパニーズガーデンシリーズ」というラインナップを誇ります。初めての機械式腕時計を求めるユーザーから、熱心な機械式腕時計の愛好家まで対応できる幅広い製品群と価格帯には、「プレザージュをきっかけとして機械式腕時計に触れ、プレザージュのファンに、そしてセイコーのファンになってほしい」という願いが込められています。
日本で初めての腕時計を、琺瑯ダイヤルで作り上げたセイコー。先人たちのモノづくりへの想いを継承することは、日本の伝統工芸へのリスペクトでもあります。「プレザージュにはまだまだ大きなポテンシャルがある。継続して成長することで、職人の方が活躍する場を提供したい。さらに伝統工芸の産地の魅力を同時に発信することで、それぞれの地域にも貢献したい」というプレザージュ開発チーム全員の想いは、これからもずっと変わることはありません。


ともすれば、あっという間に過ぎ去る日々の中で、時を愉しむということは、とても贅沢な体験ではないでしょうか。お気に入りの腕時計を身に付けることで気持ちも高揚し、そこに込められたたくさんの情熱や技巧に思いを馳せる―そうした瞬間を味わえるのが、機械式腕時計の変わらない魅力であり、醍醐味。
工業製品と伝統工芸の融合という全く新しい組み合わせを実現したプレザージュをきっかけとして、日本の伝統工芸やその地域・地方に興味を持てば、そこからさらに新たな発見に出会えることでしょう。プレザージュは時を愉しむことに加えて、日本の美や文化を改めて見つめ直す機会を与えてくれる、オンリーワンの機械式腕時計です。
文・三浦 孝宏
取材日:2024年11月28日、12月5日
※本記事の内容は取材日時点のものです。