有松鳴海絞りを世界へ。「suzusan(スズサン)」が導く、伝統工芸の次世代モデル
CASE STUDY No.36

有松鳴海絞りを世界へ。「suzusan(スズサン)」が導く、伝統工芸の次世代モデル

2026.04.10 更新

村瀬 弘行さん

株式会社スズサン
suzusan
CEO 兼 クリエイティブ・ディレクター

愛知県名古屋市・有松は、400年以上の歴史を持つ有松鳴海絞りの産地として知られています。高度成長期には生産量も増加をしていましたが、2000年代以降は需要の減少とともに職人の高齢化が進み、「あと15年で担い手がいなくなる」と言われるほど、深刻な存続の危機に直面していました。
そうした課題を持つ有松で生まれ育ち、四代続く絞りの家業を背景に持つのが、テキスタイルブランド『suzusan (スズサン)』CEO 兼クリエイティブ・ディレクターの村瀬弘行さんです。

家業は分業制の一工程を担う小規模な職人仕事で、村瀬さん自身も幼い頃から、町が静かに衰退していく様子を日常として見てきました。一方で、本人は家業を継ぐことを前提とせず、イギリス、ドイツのアートスクールでファインアートを学びました。
その後、最初にドイツで法人を立ち上げたsuzusanは、「手でつくること」「有松でつくること」を変えないという明確な方針のもと、創業当初から海外市場を見据えたブランド運営を展開。現在ではヨーロッパやアメリカを中心に世界約120店舗と取引を行い、売上の約8割を海外が占めるまでに成長しています。
その結果、有松のものづくりの現場には20~30代の若い世代が集まり始めています。

Chapter.01 評価される場所を変える:伝統工芸と再会し、suzusanが生まれるまで

転機は、イギリスでのテキスタイル展示会。父に頼まれ、手伝いで同行した際、有松絞りが“過去のもの”ではなく、今現在のものとして、その美しさをフラットに評価される様子を目の当たりにします。
「日本では、“絞り”というと、おばあちゃんの浴衣のイメージが強いですよね。展示会後に父から預かった絞りのテキスタイルを世界的にも有名なコンテンポラリーアートを扱うギャラリーのオーナーに見せる機会がありました。すると、作品として評価してくださり、その場で購入が決まったんです。日本の伝統工芸と、西洋のコンテンポラリーアートはまったく違う世界にあると思っていましたが、作品自体を見て美しいと感じてもらえたことは、強く印象に残り、大きな気付きとなりました。A地点からB地点にものを移すことで見かたが変わり、新しい価値が立ち上がることがある。伝統工芸にも、そうした視点が必要だと感じました」(村瀬さん)

その後、2008年、ドイツでsuzusanを創業。共同創業者は経営専攻だった学生寮でフラットメイトだった経営を専攻していたドイツ人の友人。日本の伝統工芸をヨーロッパのラグジュアリーマーケットで展開する可能性に着目し、二人でストールを持ってヨーロッパを回り、手売りすることから、ブランドが始まりました。
「彼は、有松鳴海絞りはハイエンドのマーケットに持っていくべきだ、という考えを最初から持っていました。しかし、創業当時は資金も人脈もなく、ファッションビジネスの知識も十分ではありませんでした。さらに、リーマンショック直後という厳しい経済状況の中でのスタートということもあり、最初はメールや電話での営業を試みましたが反応は乏しく、なかなか取り扱ってもらえない日々が続きました。」(村瀬さん)

訪ねたのは、日本のファッションブランドを取り扱っている、ヨーロッパ各地の有名なセレクトショップ。
「断られることがほとんどでしたが、その分、色や柄、大きさ、素材感など、具体的な理由を教えてもらえることも多かった。それを持ち帰って修正し、また持っていく。その繰り返し。ストールというアイテムは、既存の服に合わせて同じラックに掛けられるため、店舗に導入しやすかったことも、結果的に受け入れられやすさにつながりました。」(村瀬さん)

Chapter.02 グローバルで“伝わる”ようにするために:価格、背景、文脈の設計

現在、suzusanの売上の約8割は海外市場が占めており、ヨーロッパを起点に成長してきた同社は、近年、北米やアジアへと市場を広げ、販売構造をより多層的なものへと進化させています。取引は120店舗を超えています。

「日本は高い技術力を持つ生産地、ヨーロッパは価値を編集・提示する場、そしてアメリカとアジアはマーケットとしてのスケールとポテンシャルを持つ場所。それぞれの地域の役割を明確に分け、文化的特性と市場構造に合わせて展開しています」(村瀬さん)

そしてもう一点、今、日本の伝統工芸がグローバルに発展していくために、大きな壁となっているのは、技術力ではなく、“伝える力”。

「グローバルで選ばれるために必要なのは、技術力以上に、“伝える力”と市場構造を理解する視点。日本の高度な手仕事は、海外ではその意味や価値観とセットでなければ伝わりません。そういった視点から言うと、日本のブランドの一番の課題は、コミュニケーションスキル。もの自体は本当に素晴らしいのに、それをどう伝えるか、どう説明するかが弱いんです」(村瀬さん)

海外では、”何(what)をどうやって(how)作ったかよりも、なぜそれが必要なのか(why)”という視点が必要です。今までの商品を、海外で必要とされるものにするには、少しアップデートをすることが必要でした。

「そこでsuzusanでは、有松絞りを、技法・素材・用途の三つに分解しました。400年以上続く技法は守り、素材は綿からカシミヤへ、用途は浴衣からストールへ。ヨーロッパの文脈に自然と馴染む形へと進化させました。それだけで、ヨーロッパのファッションの文脈に自然に並ぶようになったんです」(村瀬さん)

この判断は、価格帯の考え方にも直結しています。suzusanでは、市場のニーズをリサーチし、あえて高価格帯に軸足を置いてきました。実際、7万円前後のストールであっても、小規模なポップアップを重ねる中で、高所得層を中心に支持を獲得してきました。重要なのは価格そのものではなく、“なぜこの価格なのか”を説明できること。その説明を支えるのが、プロダクトの背景にあるナラティブです。

suzusanが想定している顧客は、日本文化に詳しい層ではありません。

「僕らのペルソナは、家に醤油がなくて、箸も使わない人です。日本が好きかどうか以前に、日本文化とほとんど接点のない人たちです。だからこそ、“Made in Japan”や“伝統工芸”という言葉を前面に出すのではなく、プロダクトそのものの魅力や背景を、普遍的な価値として伝えることを重視しています」(村瀬さん)

また、村瀬さんは、伝統工芸の分業制とトレーサビリティの課題にも向き合い、工程や職人の関与を、編集可能な形で見せる工夫も進めています。

「もう一つの課題として浮かび上がってくるのが、世界的なSDGsやトレーサビリティの潮流との関係です。実は、日本の伝統工芸の分業制度は、トレーサビリティの考え方と相性があまり良くない部分があるんです。海外市場では今、商品に対して、サステナブルかどうか、誰が作っているのかを認証として示すことが求められます。しかし、有松鳴海絞りをはじめ、日本の伝統工芸は高度な分業によって成り立っています。糸、染色、絞り、整理加工など、工程ごとに専門の職人が存在しますが、それぞれが独立しているため、“誰が、どこで、どのように作ったのか”という説明が難しいケースも少なくありません。日本の伝統工芸は構造的にそれが見えにくいんです」(村瀬さん)

suzusanでは、この課題に対し、この分業の価値を否定するのではなく、むしろそれをどう翻訳するかに力を注いでいます。

「工程や関わる人の存在を丁寧に可視化し、複雑な背景をそのまま伝えるのではなく、理解できる形に編集する。その役割こそが、現代のブランドに求められていると考えています」(村瀬さん)

そのため、展示やポップアップでは、物語性のある体験空間をつくり、高価格帯商品にも共感を伴って価値が伝わるよう設計しています。

「アメリカで行ったポップアップイベントでは、商品点数を絞り、高価格帯のストールやニットを中心に構成しました。会場では、ものづくりの工程や背景を伝える展示を設け、プロダクトとナラティブを一体で体験できる空間をつくっています。商品単体というより、その背景にある考え方や人の存在に、強く反応してくれる方が多いですね。そうした方々には、国内との価格差がある水準であっても、価値として受け入れていただけています」(村瀬さん)

今後は、展示会を中心としたBtoBに加え、ECを軸としたDtoCの強化も視野に入れているといいます。世界的にリアル店舗が減少する中で、国境を越えて購入できる導線を持つことは、ブランドの持続性に直結します。

「どこで作り、どこで見せ、どこで売るか。そして、どう伝えるか。その設計ができれば、日本の伝統工芸は、世界の中でも十分に通用すると思っています」(村瀬さん)

Chapter.03 産地を更新し、文化を循環させる:ローカルから世界へ、そしてまたローカルへ

suzusanは創業時から「手でつくること」「有松でつくること」を徹底し、それを守り抜いています。危機的状況にあった有松鳴海絞りが、海外とつながることで次世代へと更新されている背景には、村瀬さんがsuzusan設立当初から決めていた、ある信念があります。

「僕たちが創業当初から決めていたことは明確でした。それは、“手でつくること”と、“有松でつくること”。もちろん海外でつくった方が効率は良いですし、実際、伝統工芸の多くが海外生産に移っていきました。でも、僕らはこの二つだけは変えたくなかった。有松鳴海絞りが海外で評価されているという状況をつくれば、必ずこの伝統工芸は息を吹き返すと思っていたんです」(村瀬さん)

その結果、現在の有松では、20代・30代の若い世代がものづくりの中心を担うようになっています。雇用は地域内に限らず、沖縄や関東、関西など全国から人が集まり、有松に移り住んで働くケースも増えています。

「今は、ものづくりの現場の年齢層が入れ替わりつつあります。若い人たちが“仕事として成り立つ”と感じられる環境をつくれたことは、大きいと思っています」(村瀬さん)

こうした変化を支えているのが、海外市場を見据えたブランド運営です。
suzusanはこれまで17年にわたり、ヨーロッパやアメリカを中心に販路を広げ、現在まで世界約120店舗と取引を行ってきました。。

「今、世界に5万人くらいのユーザーがいる計算になります。海外展開においては、一方的に日本から伝えるのではなく、“ローカル to ローカル”として、現地の文脈で使われ、語られるプロダクトを目指しています。そうすることで、現地の人たちが自分たちの文化の中でプロダクトを使い、今度は現地の人たちが語ってくれるようになる。すると、その人たちが今度は日本に来て、産地である有松まで、文化・歴史背景やものづくりの根幹に触れるために足を運んでくれる。現在は、そういった循環が生まれてきています」(村瀬さん)

実際に有松では、海外からの来訪者を対象に、町を1日かけて巡るディスカバリーツアーも行われています。それは、いわゆる観光地を訪れる体験ではなく、“文化的価値のある場所”として、ものづくりの背景や土地の文脈ごと理解するための時間です。

「僕らがやりたいのは、新しい観光地をつくることではなくて、文化的に価値のある場所を、そのまま残していくことなんです。今後は、町全体をどう次の世代につないでいくかという視点から、空き家の活用を含めたまちづくりにも取り組みたいと思っています。それは、有松に限らず、日本各地の地域が共通して抱える課題とも重なります。有松でやってきたことが、そのまま他の地域で使えるとは限りません。でも、モデルケースにはなれると思っています」(村瀬さん)

経験を共有し、伝統工芸を世界へ

現在、村瀬さんが構想されている『TOBIRAプロジェクト』も、その延長線上にあります。この1月、パリでの合同展示会を開催。有松で培ってきた海外展開、ブランディング、卸、物流、商習慣への対応といった経験を整理し、他の伝統工芸や地域が活用できる形にしていく試みです。

「一人で海外と向き合うのは、本当に大変です。僕自身、ここまで来るのに15年以上かかりました。この経験を共有できれば、同じ時間をかけなくても、次の人たちが挑戦できると思うんです」(村瀬さん)

suzusanは、その一つの成功例として、ローカルから世界へ、そして再びローカルへと循環する、新しい産地のあり方を有松から提示し続け、「残り15年で消える」と言われていた有松鳴海絞りは、今、若い世代の手によって更新され、海外とつながりながら、再び息を吹き返しています。

文・林 理永
取材日:2025年12月23日
※本記事の内容は取材日時点のものです。