越境ECから始まった日本文化発信─ICHIGOが描く“世界と日本をつなぐ体験”─
近年、日本文化への関心は世界的に高まっており、アニメやゲームなどのコンテンツに加え、日本食や地域文化への関心も広がり、訪日外国人旅行者は年々増加しています。しかし、日本の魅力が必ずしも十分に海外へ届いているとは言い難い状況も見られます。特に地域の中小事業者にとって、海外市場への進出は大きなハードルがあります。販路の確保やマーケティング、言語対応などの課題があり、「海外に売りたいが方法が分からない」という声も多いです。
こうした状況の中、2015年から日本のお菓子を中心とした食文化を海外へ届ける事業を展開しているのが株式会社ICHIGOです。同社は、日本のお菓子を詰め合わせて海外へ届けるサブスクリプションサービスを展開し、現在では世界180以上の国・地域に商品を発送しており、ユーザーの8割程度が欧米のエリアとなっています。
同社の特徴は、日本の商品を単に販売するのではなく、「文化体験」として届けている点にあります。本記事では、同社の代表取締役CEO近本あゆみ氏へのインタビューをもとに、日本文化を世界へ届けるビジネスモデルとその背景、さらなる挑戦の始まりのストーリーをお届けします。
Chapter.01 ICHIGOの原点と海外ニーズ
海外ECから始まった事業の原点
ICHIGOが海外向けECに取り組んだ背景には、創業者である近本氏自身の経験がありました。前職で国内向けECの新規事業に携わっていた際に、日本のEC市場はすでに多くのプレイヤーが存在し、競争が非常に激しく、大企業が大きな投資を行っても成功するとは限らない市場だと感じたといいます。
一方で当時、日本を訪れる外国人旅行者は急速に増加しており、街中で外国人観光客が日本の商品を購入している様子を見て、「日本の商品は海外でも十分に需要があるのではないか」と感じたといいます。そこで、日本の商品を海外のユーザーに直接届ける越境ECビジネスの可能性に着目し、起業を決意しました。
最初に展開したのは、日本のお菓子を詰め合わせて海外へ届けるサブスクリプションサービスでした。主に日本のコンビニやスーパーで販売されており、外国人旅行者が日本で購入しているお菓子を中心に、毎月異なる商品を海外のユーザーに届ける仕組みでした。キットカットやポッキーなど、日本限定フレーバーの商品は海外ユーザーにとっては魅力的であり、サービスは順調に成長しました。
そして、ユーザーの皆さまから様々なお声をいただく中で、既存ユーザーに対してアンケートを実施し、新しいボックスのテーマを検討することにしました。候補として、日本のおつまみボックスやポップカルチャー商品を扱うボックスなど、さまざまなアイデアが挙がりました。
その中の一つとして提示したのが「和菓子ボックス」です。当初は、和菓子が海外でどこまで受け入れられるか近本さん自身も半信半疑だったといいます。あんこや餅は海外では一般的な食文化ではないため、味や食感の違いが壁になる可能性もあると考えていました。
しかし、アンケート結果は予想外のものでした。複数の候補の中で最も人気を集めたのが「和菓子ボックス」であり、現在も展開する「Sakuraco」の企画開発がスタートしました。
海外ユーザーの関心は「mochi」にあった
アンケート結果だけでなく、SNS等でのユーザーからのコメントにも和菓子への関心が表れていました。「たい焼きを食べてみたい」「餅のお菓子を入れてほしい」「せんべいを食べてみたい」といった声が多く寄せられていました。実際にサービスを開始してみると、特に人気が高かったのが餅を使った商品。
海外では「mochi」という言葉が知られるようになり、餅を使ったデザートが人気を集め、わらび餅のような商品も含め、多くの和菓子が「mochi」として認識されて高い人気を誇っている状況でした。ICHIGOではSNS等であがってくるコメントは全て専門のチームが収集し、顧客の最新の声が社内全員に届く仕組みになっています。そうすることで、社内全体で顧客視点での施策や改善に取り組めるようになっています。
また同社のサービスでは、サブスクリプションボックスで紹介した商品を単品で購入できるECサイトも用意しています。これにより、ユーザーは気に入った商品を継続的に購入することができ、ボックスで紹介した商品がその後ECサイトで長く売れ続けるケースもあります。
さらに興味深いのは、サブスクリプションサービスをきっかけに、日本の店舗を訪れるユーザーも現れていることです。ボックスで知った和菓子を求めて、実際に日本のメーカーの店舗まで足を運ぶケースもあるといいます。
オンラインで商品を知り、日本を訪れ、帰国後に再び購入する。こうした新しい消費の流れが生まれ始めているのです。
Chapter.02 文化体験として海外と日本の地域を繋ぐ
商品ではなく「文化体験」を届ける
ICHIGOのサービスの特徴は、単に商品を販売するだけではない点にあります。同社は、日本のお菓子を「文化体験」として届けることを重視しています。
サブスクリプションボックスには、日本文化を紹介する冊子が必ず同封されています。冊子では、日本の季節行事や地域文化、そしてお菓子メーカーの歴史などを紹介しています。
同封されている冊子は当初1ページでした。しかし、お客様からの反響を受けて内容が次第に増え、現在では24ページにまで拡大。限られたページ数に何を載せるかを吟味するほど、価値の詰まった大切なコミュニケーションツールへと進化しています。
冊子のトピックでも海外ユーザーの間で特に人気が高いのが、メーカーのストーリー。例えば、戦後に砂糖が手に入るようになったことをきっかけに菓子作りを始めたメーカーの創業ストーリーや、神様へのお供え餅を活用するためにおかき作りを始めたメーカーの話など、それぞれのメーカーのストーリーには日本の歴史や生活と結びついたエピソードが多く存在します。
海外のユーザーは商品そのものだけでなく、その背景にある文化や歴史にも強い関心を持っているといいます。ただ商品を食べるだけではなく、「どのように生まれたのか」「どんな地域で作られているのか」を知ることが、文化体験へと価値を高めています。
こうした取り組みは、日本のお菓子を単なる食品ではなく、日本文化を知る入り口として届ける試みでもあります。ICHIGOのサービスは、日本の食を「商品」ではなく「文化体験」として世界へ届ける新しいモデルとして広がっています。
地域の事業者と海外市場をつなぐ
和菓子のサブスクリプションサービスである「Sakuraco」は、日本各地の中小事業者にとっても新しい可能性を生み出しています。和菓子業界では、国内市場の縮小が大きな課題となっています。人口減少や食生活の変化により、和菓子の消費量は長期的に減少傾向にあります。
一方で、海外では日本文化への関心が高まり、日本食や和菓子への興味も広がっています。しかし、多くの地域事業者にとって海外市場への展開は決して容易ではなく、言語や輸出規制などの課題もありますが、それ以上に大きいのが販路の問題だといいます。
実際に和菓子メーカーと話してみると、「海外に売りたい」という気持ちはあるものの、「どこに出せば海外の人に届くのか分からない」という声が多く、海外販売のノウハウやマーケティングの知識を持つ企業は多くないため、海外市場への第一歩を踏み出せないケースが少なくないそうです。
ICHIGOのサービスは、こうした地域のお菓子メーカーの課題を解決する仕組みとしても機能しています。サブスクリプションボックスで商品を紹介し、海外ユーザーに体験してもらう。そして、気に入ったユーザーが単品購入サイトで継続的に購入できるようにする。こうした流れをつくることで、地域の事業者でも海外市場にアクセスできるようになりました。
また、同社は自治体との連携にも取り組んでいます。サブスクリプションサービスでは毎月テーマを変える必要があるため、地域ごとの特産品を紹介する企画を実施しています。例えば鎌倉市とのコラボレーションでは、湘南ゴールドという柑橘を使ったお菓子を紹介し、大きな反響を得ました。
自治体との連携によって、同社だけでは知らなかった地域の特産品やメーカーを紹介してもらえるケースも多いといいます。結果として、地域の魅力を海外へ発信する新しい形のプロモーションにもなっています。こうした自治体との連携は、ICHIGOにとっては毎月新しいものを企画提供し続けるための新規性につながっています。一方で、自治体は地域や特産品の認知向上につながり、ユーザーにとっては海外でまだあまり知られていない地域の特産品や魅力に出会えることで満足度が高まり、まさに三者それぞれに価値をもたらす取組となっています。
さらに興味深いのは、オンラインで商品を知ったユーザーが実際に日本を訪れ、メーカーの店舗を訪問するケースがあるというお声をいただくといいます。ECを起点として観光や地域経済につながる新しい循環が生まれつつあります。
Chapter.03 外国人視点と体験価値の深化
海外ユーザーを理解するための「外国人視点」
ICHIGOが海外市場で成功する上で重要な要素の一つと捉えているのが、外国人視点を事業に取り入れていることです。
同社では、マーケティングやデザイン、カスタマーサポートなど、顧客との接点を持つ部署の多くで外国人スタッフが活躍しています。特に、デザインやコンテンツ制作では、文化による感覚の違いが大きく影響するといいます。
例えば、日本のECサイトは情報量が多い傾向ですが、海外のユーザーはよりシンプルで視覚的に分かりやすいデザインを好むことが多い。また、日本人が伝えたい文化と、海外ユーザーが興味を持つ文化は必ずしも一致しないこともあります。
そのため同社では、海外ユーザーの感覚を理解するために外国人スタッフの採用を積極的に進めています。海外市場に挑戦する企業にとっても、この「外国人視点」を取り入れることは重要なポイントになると近本さんは指摘します。
海外に進出したい場合、日本人だけで海外のニーズを理解することには限界があり、実際にその文化の中で育った人材の視点を取り入れることで、初めて市場のより深いニーズが見えてくるといいます。
越境ECからリアル体験へ
近年、ICHIGOは従来の越境ECビジネスとは異なるリアル店舗の展開にも取り組んでいます。そのきっかけとなったのが、テイクアウト業態を展開するGOOD IDEA COMPANYのM&Aです。
ICHIGOはしばしば越境EC企業として紹介されますが、同社が目指しているのはEC事業の成功ではなく、「日本の食文化や商品体験を海外へ発信すること」であり、ECはその手段の一つに過ぎない、と近本さんはいいます。
近本さんは、ECだけではいずれ限界が来る、オンラインでは伝えきれない体験があると考え、同社はGOOD IDEA COMPANYを買収し、リアル店舗の展開を進める挑戦をスタートしました。
秋葉原では元の店舗をサンドイッチ専門店 ”SANDO LAB TOKYO(サンドラボ東京)” に業態変更し、ブランドもインバウンド向けに再設計しました。すると、売上は前年の約3倍に成長し、顧客の大半は外国人で、特に欧米からの観光客が多くなる結果となりました。
また京都ではラーメン店の展開を進めており、 ”鶏鶏餃子(JIJI GYOZA)” は2026年3月にオープン、東京・合羽橋では包丁専門店 ”ZAKU(ザク)” も同月にオープンしており、” ZAKU(ザク)” は浅草にも5月オープンを予定しています。包丁は日本の技術を象徴する製品として、海外の料理人や観光客から高い関心を集めている商材でもあります。
こうしたリアル店舗の取り組みは、従来のECとは異なる新しい顧客接点を同社に生み出しています。オンラインで日本文化を知り、訪日して体験し、帰国後に再びECで購入する。そうした循環が生まれる可能性があるといいます。
日本文化を世界へ届ける新しいモデル
日本にはまだ世界にあまり知られていない文化や産品が数多く存在する。ICHIGOの取り組みは、それらを世界へ届ける新しいモデルとして注目されています。
商品を売るのではなく、文化を届ける。
オンラインとリアルを組み合わせ、地域の事業者が持つ情報を深掘り、商品やサービスを通して日本の文化を届け、海外の日本ファンを広げていく。
日本の地域産業にも新しい可能性をもたらし続けるICHIGOのさらなる挑戦は、日本文化の価値をどのように世界へ届けていくのか、その一つのヒントを示しています。
文・鈴木 祥裕
取材日:2026年1月16日
※本記事の内容は取材日時点のものです。
