北海道砂川市発SHIRO、地域共創コスメティックが描く世界進出と世の中をしあわせにする循環づくり
CASE STUDY No.37

北海道砂川市発SHIRO、地域共創コスメティックが描く世界進出と世の中をしあわせにする循環づくり

2026.04.17 更新

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福永 敬弘さん

株式会社シロ
代表取締役社長

SHIROは、日本各地の自然素材を活かしたものづくりで、国内外のファンを魅了し続けるコスメティックブランドです。2009年に北海道砂川市を拠点に「ローレル」として産声を上げ、2015年に「shiro」、2019年に「SHIRO」へとグローバルを見据えてブランド名を変更。創業者・今井浩恵さんの化粧品づくりの情熱と、リクルート出身で2014年に入社した代表取締役社長・福永敬弘さんのマネジメントという絶妙の両輪でイギリス、台湾、韓国への展開を経て、今、彼らが見据えるのは、ブランドの本質を伝える地域共創とローカライズによるグローバル化です。

Chapter.01 創業者の情熱を支えるマネジメント。SHIROのものづくりが愛される理由

SHIROのものづくりは、創業者・今井浩恵さんの「自分たちが毎日使いたいものをつくる」という純粋な情熱から始まりました。日本各地の厳選された自然素材——北海道栗山町の酒かす、函館市近海でしか採れないがごめ昆布、北海道足寄町のラワンぶき、徳島県那賀町の木頭ゆず。これらの素材は、化粧品の機能性成分として優秀なだけでなく、それぞれの地域の風土、そして人々の営みが凝縮されたものでもあります。生産者との密接な関係性とサステナビリティを大事にしたプレミアムブランドというほかにはない立ち位置のコスメティックブランドとして知られています。

今回お話をうかがった代表取締役の福永敬弘さんは「創業者でブランドプロデューサーの今井の中では、そろばんで計算するという感覚がないのです」と語ります。一般的な化粧品会社が原価や販売計画を前提に開発を進めるなかで、SHIROは、まず素材とインスピレーションありき。試作が完成して初めて今井さんが「これいくらかかったの?」と問う。それでも今井さんと福永さんはブランドのあり方、ものづくりのプロセスで意見が衝突したことはありません。そんな型破りな開発こそが、SHIROの製品に宿る「本物感」の源泉なのです。

福永さんは2003年、リクルート北海道支社での勤務時代に今井さんと出会いました。リクルートでは若い時期の早期退職が当たり前でしたが、その退職に夢も希望もない中、「彼女の夢に跨りたかった」という言葉が示すように、今井さんの情熱と世界展開への野心に魅了され、入社を決意。当時40人規模だった組織は、2人の絶妙なバランスで成長を遂げていきます。

SHIROでは、コスメティックブランドの成長には周到なマーケティング戦略が必要だという定説とは真逆のスタイルをとってきました。マス広告や発表会、卸をせず直販スタイルを貫き、販促のための製品のテスター配布や、ポイント付与などはしない。それは成長速度を犠牲にしても、生産者や地域の人々、ユーザー、そして社員とSHIROに関わるすべてのステークホルダーとのリアルな信頼関係と、ブランドの世界観を守り抜く選択でした。

たとえば、栗山町の酒蔵の酒かすを使った化粧水は、その酒蔵からしか仕入れません。年に一度しか造られない酒かすは有限で、時に欠品もします。それでも他の供給元を探さない。「元々大事にしてきた地域を育てていくということが、すごく短期的なものになってしまいかねない」。福永さんのこの言葉に、SHIROの地域との向き合い方が凝縮されています。

その結果、SHIROは極めて濃密なファンを増やしてきました。ときに欠品があっても、ユーザーはそれを理解し、むしろその不完全さにこそ価値を見出しているといえるでしょう。

Chapter.02 10年前に手探りで英国進出、「待つこと」もブランド戦略のひとつ

もともと「ローレル」というブランド名でスタートしていましたが2015年にshiroへとブランド名を変更しましたが、それは単なるリブランディングではありませんでした。10年後、20年後のブランドの姿を見据え、今井さん自身が強い愛着を持てる名前でなければブランドは大きくならないと思い、ブランドの認知が高まり始めた時期にあえて名前を変える決断をします。そこで今井さんが選んだのが「shiro」——自身の名「浩恵(hiro)」に、息子2人の頭文字「s」を加えた名前でした。自らの、そして愛する家族の名前を冠することで、このブランドに魂を込める覚悟を示したともいえるでしょう。よく創業者の名前が冠される欧米のラグジュアリーブランドと同様に、脈々と継承される普遍的な価値を提供し続けるという意思の表れでした。

その後、2019年には海外展開に一定の手応えを感じ、「shiro」という小文字よりも大文字のほうがより存在感を示すことにつながるとして今につながるブランド名「SHIRO」が誕生しています。

福永さんは「最初からイギリス、フランス、アメリカ。この3カ国は出店しようと決めていました」と語り、2016年にSHIROはロンドンのキングスロードに海外初の店舗をオープンしています。イギリス進出を最初にした理由は、ニールズヤードやボディショップ、ラッシュといったローカル発の世界的なブランドが多かったからだといいます。とはいえ、当時はロンドン出店のノウハウもコネクションもゼロからのスタートでした。今井さんと2人でレンタルサイクルを借り、街中を回って良さそうな場所、「FOR RENT」の看板を探し、写真を撮っては夜不動産業者にメール。冷たくあしらわれることがほとんどだったといいますが、それでも諦めず、現地の内装施工が遅れれば、すべての什器を日本で製作、ロンドンに輸送し、妥協しない店舗づくりを体現しています。

「あれから10年たちますが、実はイギリス店舗の売上は年間家賃を超えたことがないのです」と福永さんはいいます。「伸びていないわけではないですが、微増で底辺を舐めながらやっている」と苦笑しますが、実はタイミングを「待つ」ことはSHIROの成長戦略のひとつでもあります。

「割とご縁を待つタイプですね」と福永さんはそのように表現しますが、これまでの例として、百貨店への出店については、日本における化粧品売上高トップの百貨店、伊勢丹からの声がかかるのを待ち続けていたといいます。まだ力がないうちは、攻勢はせずに自らの価値観に合うパートナーや顧客との出会いを待つ。短期的な売上よりも長期的なブランド価値を優先する姿勢が、ここにも表れています。

3ヶ国のうち、アメリカはコロナ禍で一時撤退を余儀なくされましたが、フランスは「まだご縁がない」と出店のタイミングを待っているといいます。

一方、アジア市場では異なる展開を見せています。韓国では、レッドオーシャン市場であることを認識しつつも、長い時間をかけて慎重にパートナーを見極めて参入。「待ち」の姿勢を貫いた結果、スタートしてみると手応えが良く、SHIROのような素材からこだわった製品づくりは、韓国の感度の高い方々にもしっかり伝わることがわかりました。台湾でも1店舗展開しており、中国ではTmall Globalでの公式ショップを通じて販売しています。また、2026年春には香港にも出店予定です。 ヨーロッパでは感性的価値—「どういうストーリーでブランドや製品ができたのか」が重視されるのに対し、アジアでは自分にとっての価値—「いい香り」や「効果効能」で選ばれやすい。この違いを理解し、理念は保ちながらもローカライズ戦略を展開することが、SHIROの新たな可能性を切り拓いています。

Chapter.03 海外でも地域共創ですべてのステークホルダーがしあわせになるビジネスモデルを

SHIROの地域連携はCSR活動という枠ではくくれません。たとえば、徳島県那賀町との地域農業活性化包括連携協定がその好例です。この地域で収穫できる木頭ゆずは寒暖差50度という過酷な環境で育ち、化粧品にするための加熱工程をへてもその豊かな香りが失われません。しかし、気候変動や担い手不足により、生産量は年々減少しています。

そこでSHIROは、企業版ふるさと納税で5年間の継続寄付を約束。その資金でゆず農家の担い手育成や獣害対策を支援します。さらに個人版ふるさと納税の返礼品として木頭ゆずを使用したSHIROの製品を出品。那賀町を選んだ寄付者がSHIROの製品を受け取ることで、お金が二重に地域へ還流する仕組みを構築しました。

一方、発祥の地でもありSHIROの全製品を生産する工場のある砂川市ではこのふるさと納税の規模が2021年12月から4年間で延べ30億円に達しているといいます。ふるさと納税の返礼品としてすべてのアイテムを出品できるため、地域経済への貢献も大きくなります。また、砂川市に加え、足寄町、栗山町、愛別町、徳島県那賀町の計5自治体で展開するこういった取り組みは、「お金が直接地域に回る」ことで持続可能な取組みを体現しています。 ちなみに、砂川市の工場は「みんなの工場」と名づけられ、工場が稼働している時間内ならいつでもガラス越しに製造工程を見ることができます。ここには年間約30万人が訪れており「SHIRO CAFE」やフレグランスが調合できるブレンダーラボなどを併設。砂川市から約64km離れた長沼町では、1日1組限定の宿泊施設「MAISON SHIRO」を運営しています。さらに砂川パークホテルの運営を引き継ぎ、現在2027年1月ごろの開業に向けてリニューアルも手がけており、こういった地域全体の活性化に向けた取組みも積極的に行っています。

また、使われずに廃棄される素材も生かします。北海道足寄町のラワンぶき。この巨大なふきは保湿効果にすぐれ、SHIROの「ラワンぶきフェイスウォッシュ」などのシリーズで知られています。このラワンぶきは、通常食用として生産されますが、虫食いなどの理由で4割が出荷されずに廃棄されます。その出荷されないものを活かして化粧品にしています。日本のものづくりへのこだわりが、素材の段階から始まっていることを、海外の人々は驚きをもって受け止めるといいます。

栗山町の酒かすも同様です。年に一度しか生産されない有限の資源。他にも供給元はあるでしょう。しかし、SHIROは選ばない。その地域、その生産者との関係性を何よりも大切にする。時に欠品が生じても、その選択を曲げることはありません。

こうした日本での地域共創モデルを、SHIROは海外でも実践しようとしています。「将来は困っている地域、たとえば南アフリカなどと共創でコスメをつくれたら」——福永氏の言葉には、真のグローバルブランドへの展望が込められています。

現地の素材を使い、現地の人々と共に製品をつくる。理念はそのままに、各地域の文化や特性を活かす。そうすることで、SHIROというブランドが世界中で愛される存在になる。それは、単に日本製品を売るのではなく、「ものづくりのこだわり」という価値観を共有することなのです。

SHIROの企業理念は「世の中をしあわせにする」。今井さんも福永さんも、その実現のために化粧品は手段であると考えています。「最大のステークホルダーは地球」と福永氏は語り、だからこそ、化粧箱やギフトボックスを廃止し、ショッピングバッグを有料化しました。

百貨店ブランドとしては異例の選択です。一部の顧客からは「ワクワク感がない」、百貨店からは「取引をやめる」と言われたこともあります。代償を背負ってでも地球のために行動する。その愚直さこそが、SHIROの真骨頂なのです。

生産者、地域社会、消費者、そして地球。すべてのステークホルダーがしあわせになるビジネスモデル。それは理想論ではなく、SHIROが日々実践している現実です。上場の予定もありません。「もっと大事なところにコストを回したい」と福永さんはいいます。

「まず現場を見ること」——これが福永氏から、海外展開を目指す人々へのアドバイスです。ロンドンを自転車で回り、不動産業者に何度も断られ、それでも諦めずに店を開いた経験。諦めずにぶれずに成長の兆しを待つ。そこから得た学びは、座学では決して得られないものでした。

文・矢野貴久子
取材日:2026年1月27日
※本記事の内容は取材時点のものです。