オランダの夕飯の食卓に並ぶのは、ベーシックかつローカルな食材と、エキゾチックな香辛料を使った異国料理がまぜこぜになった献立です。これらの香辛料は、16世紀にオランダに入ってきて以来、オランダの食文化の一部となりました。また、地理的条件や貿易立国としての立場上、世界中の異なる文化圏から多くの人を迎え入れてきたオランダには、同時に新たな食文化がもたらされました。オランダ人はもともと、食に対して非常に実利主義的な姿勢をとってきました。食べ物には栄養が第一で、その形や見栄えにはあまりこだわってこなかったのです。オランダの農業は、単位面積当たりの収穫量が欧州で最も高く効率的で、昔ながらの手作業の農作と科学の融合により、質の高い農産物を生産しています。また、国土の4分の1が海面下にあり、経済的・文化的・政治的に要となる地域が堤防によって守られていることから、オランダ人は地球温暖化の影響にとても敏感です。
オランダの食文化のこれらの特徴が、なんでも自由に議論でき、新しい試みにおいても決して伝統にとらわれることなく、そして目新しい料理よりも、現代人の食生活が及ぼす影響のような、社会全体の課題が重視される環境を生み出しました。
こうした土壌があるなかで、アイントホーフェン・デザインアカデミーにてオランダのフードデザインが誕生しました。この分野の先駆者となったのが、マライエ・フォーゲルサングという女性デザイナーです。社会的な課題にもふれながら、食体験をデザインし、食を通じて新たな感覚を創り出すことに焦点を置くマライエは、自らをフードデザイナーではなく「イーティングデザイナー(eating designer)」 と呼びます。マライエが2014年にアイントホーフェン・デザインアカデミーで立ち上げた「フード・ノン・フード学科」は、8年間にわたって食分野のデザイナーを育成しました。「2050年に私たちは何を食べているか?」「私たちの食文化が地球に及ぼす影響は何か?それをどう変えられるか?」など、デザイナーたちは今、食に関するもっと大きな課題を見据えています。実験や新たな挑戦に対する熱意は、食や自然、バイオテクノロジー、科学を専門とする、アムステルダムの芸術センターであるMediamatic(メディアマティック)の活動、およびNext Nature Networkの食関連のプロジェクトからも感じとることができます。
さらに、先進国であるオランダは、地方の過疎化や高齢化社会、都市圏一極集中という、日本と同じ課題に直面しています。住む場所として、または、少なくとも観光地としての地方の魅力を高めるには、何が必要か?その答えのひとつとなるのが、美食です。地場産の食材や改めて注目されている伝統野菜、サステナブルなメニュー、世界一流の料理人による魅力的なプレゼンテーション(都市別のミシュラン獲得店数ランキングで、オランダは世界8位)を取り入れることで、人々を引きつけることができます。
日本が築いた世界有数の豊かな食文化は、オランダには存在しません。しかし、食に対する現実的な姿勢、食が及ぼす社会的影響に対する意識の高さ、そして欧州におけるポジションを考えると、オランダは食分野の中でも、とりわけ「イーティングデザイン」の分野において、日本の優れたパートナーであると言えます。