地球社会の未来を開く、
おいしい経済学
〜わたしたちは、世界一
「おいしい国」に生きている〜

A “Delicious” Economy to Change the Future of Society—Living in a Country with the Best Food in the World

カフェ・カンパニー株式会社・株式会社グッドイートカンパニー
代表取締役社長
楠本修二郎氏

わたしたちは「世界一おいしい国」に生きている。

世界各国からコロナ禍が収束した後に行きたい国ランキングで、日本は、アジア居住者からは1位、欧米居住者からは2位と、軒並みトップクラスです。その目的の1位は「食」。海外から来日する観光客の多くが「おいしいものを食べる」ことが目的であることはさることながら、日本は『ミシュランガイド』も星をもっとも多く保有する国で、特に東京は星の総数でも、三つ星の数でも、ミシュランの本家であるパリを大きく上回っています。日本食の店が評価されるのはもちろんのこと、フレンチやイタリアンなど外国料理で多くの日本人シェフが腕を振るい、星を獲得しているのも特色です。ミシュランに限らず『パスタ・ワールド・チャンピオンシップ』や『世界ピッツァ選手権』など、国際的な料理のコンペティションで世界一位に輝いた日本人は枚挙にいとまがありません。日本は、世界各国の味をさらにおいしく進化させる国と言えるのです。

また、日本は海山の幸が豊富なうえ、四季折々の旬の食材もあります。優れたサプライチェーンもあるため、それらをフレッシュな状態で食べることも容易ですし、保存食から発展した発酵技術も旨味に広がりをもたらしています。他にも、伝統料理や郷土食など地域によって異なる食文化の多様性に、調味料や加工食品をつくる工場の「調味の技術」の高さなど、日本食の良い点は数多あるのです。これらの、日本がもともと持つ「おいしい」技術に加え、ヘルシーで、かつ、欧米的なの食事よりも環境に対する負担が低いという点も、世界の国々からリスペクトを集めています。2005年当時、海外の日本食レストランの数は約2.5万軒でしたが、2010年には5万軒となり、2020年には15万軒まで膨らんでいます。いかにして、世界中からリスペクトされるこの食文化を「数百年継続する日本の優位性」として残し、発展させていくべきかを国をあげて真剣に取り組まなければならないのではないでしょうか。

世界人口が爆発的に増えると予想されるこれからの未来を考えると、「食」は世界的な成長産業といえます。その中で、高い技術や伝統を持った日本の食文化は強力な武器となるのです。しかし、現状では「食」という「資産」がもたらす可能性に日本に暮らす人々が気づいておらず、自然環境や農業・漁業に関する知見や調味技術など、「食」にまつわる資源の喪失・流入を招いているのも現実です。過去の「失われた30年」のようにこのままビジョン無き30年を過ごしてしまうと、「食」に関する多くのアセットは、おそらく、この数年以内に継承されないまま静かに消えてゆく「サイレント・デス」を起こすでしょう。

では、いかに日本の「食」という資産を活用するのか。

それを考える上で重要なポイントはビジョンの共有です。わたしはこれを日本の「おいしい未来戦略」と名付けたいと思います。「おいしい経済大国」への道を明示することが、脱成長時代と言われる日本における、未来への成長戦略なのです。

爆発する世界人口とは対照的に、少子高齢化による未曾有の人口減少時代を迎える未来の日本において、もともとある資産を活用して最もポジティブに輝かせる戦略は、「日本の食」という優れた資産をベースにこれまで培ってきた伝統と技術を新しい発想で組み合わせて「おいしい経済圏」をつくることだ、と、わたしは考えます。わたしたちの生きる現代の日本社会は、大量生産・大量消費の時代に作られた人口が増えることが前提のシステムで動いています。人口が減るのにその仕組みを続けようとするならば、無理が生じるのは当然です。それならば、発想を転換して「人が少なくても幸せな暮らしはどういう姿か?」を考えることが必要になります。

また、世界各国が日本の「食」に学んでいることも事実です。アメリカの食のハーバードと言われる料理大学「CIA(The Culinary Institute of America)」もそのひとつ。日本食がおいしくてサスティナブル、そして、健康的であることにも起因します。これは日本の強みです。心と身体が健やかである暮らしは、純粋に楽しいものです。自然を感じるロケーションの中、誰かと一緒にご飯を食べて、それがおいしく身体にいいものだとしたら、それはもはやエンタテインメント同様の楽しさと満足感を提供できるものになるでしょう。

オランダの『リージェン・ビレッジ』は世界初の地産地消コミュニティとして富裕層の獲得に成功し、エストニア『イーレジデンシー』は透明性のあるコミュニティで、先進的な企業に支持されました。では日本では?と考えた時、「健康的でおいしい」という強みを真剣に訴求することに大きな可能性があります。「健康でおいしい」体験ができ、さらにエビデンスとしての効果が明らかであれば、やってくる人は必ずいるでしょう。また、デスティネーションを求める人たちにとって、日本の治安の良さや清潔さ、口に入れるものへの安心・安全は明らかな優位性です。観光に限らず、「どこのコミュニティで生きようか」と考えたとき、選択肢に入りやすい要素を持っている、とも言えるでしょう。そういった人々をオランダやエストニアのように生態系に取り込んでいけば、日本にもこれまでにない「おいしい経済圏」が誕生するのです。

「日本料理や日本の『食』はすごい。ナンバーワンだ」と偉ぶることは簡単です。しかし、その源流には多くのアジアの国々からいただいた文化があるのです。明治期の思想家である岡倉天心は、かつてニューヨークで発刊した著書『THW BOOK OF TEA』のなかで、「自然を凌駕していく西洋的な文明は、自然と一体となり共存していく東洋的文化から学ぶべきだ」と主張しました。自然と共生し調和する暮らし方と、健康でおいしい食の喜びを「日本の専売特許」とするのではなく、「アジアからいただいたもの」という意識を重んじながら世界へと発信する。そのうえで、日本の後に少子高齢化を迎える東アジアの国々の課題解決にも貢献していくことができれば、数々の文化を黒潮によっていただいてきた日本にしかできない貢献であり、リーダーシップにも寄与するのではないでしょうか。

最後に、わたしが考える「日本の美味しい経済を実現する10の指針」を記します。これは日本の「食」に対する指針ですが、同時に国内の経済対策であり、国際社会に対する日本らしい貢献を生み出すものです。この10の指針を実践することで日本のブランド力も向上させ、食を通じたグローバルでポジティブな循環を生み出すことを目指しています。

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1.ジオガストロノミー
高低差の激しい山々、広い海域と力強い海流、そして天からのあらゆる恵みに富んだ多種多様な地域性が、強い生命力を有する水の力・土の力を生み出した。そんな大地と水の力に満ちた食の純粋さ、素材の強さ、おいしさを地域特性ごとに表現する。

2.季節性
千年以上にわたって四季折々の自然と共生し、向き合い続けて生きたその歴史に想いを馳せ、春が来ることへの喜びや、秋の収穫への感謝など、二十四節気・七十二候にも及ぶアジア独自の季節の移ろいに対してのセンスやリズムを、未来に向けてもう一度研ぎ澄ます。

3.里山・里海生活文化
世界に誇る里海の生態系をつくってきた先人への感謝を国民全員で共有し、後世に引き継ぐ活動をリスペクトする。それを日本だけに留まらない命の循環・食の循環の普遍的モデルとして位置づけ、世界に拡げることにも尽力する。

4.健康に貢献する食文化の継承
発酵技術などに代表されるような、日本だけでなくアジア全体に残る食生活文化に、古くから宿っている健康で幸せに生きるための叡智をレシピとして再編集し、次世代の子どもたちと共に継承し、分かち合う研究・実践の場を拡げ、学びの機会を拡げる。

5.文化多様性への寛容性
八百万の神を大事にするように自然と共生すると共に、あらゆる外国の文化を生活に取り入れ、長い年月をかけて成熟させてきた。そんな多様で寛容な好奇心を常に持ち、世界の食文化を「おいしい」でつなぐガストロのミーハブとしての役割を果たす。

6.グローバルセンス
世界の人々の食の未来課題、価値観や嗜好の変化などに常に意識を持ち、日本の各地域における食の特性が世界といかに同期しながら共創し、貢献・発展できるかに想いを馳せ、その永続的つながりを構築する努力を惜しまない。

7.SDGs
地球環境負荷が低く、ヘルシーでもある日本の食文化は、サスティナブルな社会実現へのソリューションになり得るという自覚を持つ一方、食品ロスなどの自国特有の課題に正面から向き合う覚悟を持ち、完全循環型社会の実現を目指す。

8.ブランドとデザイン
全ての食関連分野にITとデザインを活用することで、コミュニケーション&ブランド戦略を強化する。日本の食関連の様々なストーリーを世界に発信することにより、結果的に食だけに留まらない日本全体のブランディングに寄与する。

9.テクノロジーの活用
日本独自の「おいしい」の担い手である匠の技とAIやフードテックなどの先端テクノロジーを融合することで、食に携わる人々全ての叡智を糾合し、知財化を目指し、世界と交流する「おいしいグローバルコミュニティ」づくりを推進する。

10.食産業のコミュニティ化
飲食店や農業・漁業、食品、小売業などの食関連産業に留まらず、エンターテインメント、家電やモビリティ産業などに至るまで、あらゆる産業や学術研究者や政治家などのマルチステークホルダーと連携し、「世界一おいしい社会の実現」こそが日本の成長戦略の要だと位置づける。

食の楽しさ、つながる楽しさ、生きる楽しさ、それらを大切に育てていくこと。それがこれからの、日本の成長戦略なのです。

カフェ・カンパニー株式会社・株式会社グッドイートカンパニー 代表取締役社長
楠本修二郎氏