「山の坊さん 何食て暮らす ゆばの付け焼き 定心房(坊)」。
これは里坊がある比叡山麓の坂本に伝わるわらべ歌です。
比叡山を開かれた伝教大師最澄上人は、中国からお茶と湯葉を伝えられました。ゆばの付け焼きとは、湯葉の蒲焼。そして定心房とはたくあん(お漬物)のことで、こちらは平安時代の第十八代天台座主、元三大師良源が考案されたそうです。このわらべ歌からもわかるように、修行の山であった比叡山では肉や魚を使わない精進料理が基本でした。
肉や魚介、卵などの動物性タンパク質、植物性でもネギ、タマネギ、ニラなどの『五葷(ごくん)』と呼ばれるにおいが強い野菜は使いません。また出汁も同様で昆布や干しシイタケなどから採ります。
「酸味」「苦味」「甘味」「辛味」「塩味」の五味のバランスを大切にしており、素材本来の味を楽しみます。
そして、食事をする際にも食前後に「斎食儀」という言葉を必ず唱える作法が今も続けられています。
「われ今幸いに、仏祖の加護と衆生の恩恵によって、この清き食を受く。つつしんで食の来由をたずねて、味の濃淡を問わず。その功徳を念じて品の多少をえらばじ。いただきます」(食前観)
食後もまた同様に、私たちの身体を支えてくれる命をいただいたことへの感謝の言葉を唱えます。
この文は、天台宗では高祖と仰ぐ天台大師が説かれた「観心食法」を現代語に訳したものです。
おいしそうに調理された食材を無意識に口にしてますが、いのちを頂いています。
斎食儀を唱えるのは、全ての生きとし生けるものへの感謝の気持ちを込めているのです。
その根本にあるのが、草木などの心を持たない物も仏性を持つという「山川草木悉皆成仏」(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)という考え方であります。
比叡山延暦寺では、木や草、水、石に至るまで自然界にある全てのものに仏が存在するとの教えを忠実に守っております。
神仏と自然へ畏怖の念を抱き、合掌して感謝します。ですから精進料理で使用する食材も無駄にならないよう使い切るよう心掛けるのです。
日本では、まだ食べられるのに廃棄される食品は570万トンにのぼります。これは世界中で飢餓で苦しむ人々に向けた世界の食料援助量の1.4倍に相当すると言われています。(消費者庁HPより)この数字からも、食品ロス削減が求められています。
また、近年、世界的にSDGsやサーキュラーエコノミー社会への期待が高まっている中、比叡山延暦寺では、食事だけではなく、文化財保護、自然と共生する方法などの先人から紡がれてきた知恵を継承し発信できると考え、様々な取り組みを始めています。
SDGs(持続可能な開発目標)は17項目に分かれていますが、私たちが日常的に行なっている修行の中にはSDGsと合致する様々な地球を守る方策が含まれています。
比叡山延暦寺は、千二百年継がれてきた教えや文化を現代に活かし、世界平和に貢献してまいります。