分散する地域資源を、どう“面”で価値に変えるか
CASE STUDY No.38

分散する地域資源を、どう“面”で価値に変えるか

2026.04.24 更新

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愛媛県

一般社団法人キタ・マネジメント/ 株式会社 宝荘ホテル / 一般社団法人 しまなみジャパン / 株式会社わっか

愛媛に学ぶ、回遊性と滞在価値で高める地域体験設計

愛媛に見る、地域における体験価値の高め方
地方観光においては、単発の施設整備やイベント実施にとどまる取組では、来訪者の回遊や滞在時間の延長につながらず、結果として持続的な価値創出や地域全体の消費拡大に結びつきづらいという課題が指摘されています。

愛媛県では、観光を単なる誘客手段ではなく「地域全体の価値を再設計する手段」として捉え、エリア単位での回遊性や滞在価値の向上を意識した先進的な取り組みが複数生まれています。 本稿では、大洲市、道後温泉、しまなみ海道、大三島の4事例から複数の資源やエリアを有機的に結びつけ、地域全体としての体験価値を設計するそれぞれのアプローチをお届けします。

Chapter.01 城下町を“ひとつのホテル”に変えた大洲の構造転換

大洲市の取り組みは、いわば「観光不在の地域から滞在型観光地へ」の転換事例です。もともと大洲は、歴史的町並みや文化資産を持ちながらも、観光客の多くが短時間で通過する日帰り型の観光地にとどまっており、宿泊機能が弱く、地域に落ちる消費も限定的でした。
加えて、城下町エリアでは空き家の増加と老朽化が進み、地域資産の毀損という構造的な課題も抱え、観光振興と空き家対策、さらに地域経済の再生という複数の課題が同時に存在していました。

この状況に対して導入されたのが「分散型ホテル」というアプローチでした。古民家や歴史的建造物を客室やレストラン、ショップへと再生し、それらを街中に点在させることで、町全体を一つのホテルとして機能させる。宿泊客はフロントから客室、食事、買い物へと移動する中で自然と街を歩き、結果として地域内消費が生まれる構造です。
このモデルの本質は、単に古民家を宿にすることではありません。従来の観光が「施設内で完結する消費」であったのに対し、大洲では街を歩くことそのものが消費を生む導線として設計されている点にあります。いわば、縦に完結していたホテルを横に広げ、街全体に経済効果を分散させる仕組みです。

さらに注目すべきは、この構想を支える事業スキームです。大洲市、金融機関、民間事業者がそれぞれ明確な役割を担い、補助金と融資を組み合わせて事業を成立させています。特に重要なのは、金融機関が担保ではなく事業性で評価し、古民家再生という不確実性の高いプロジェクトに資金を供給した点です。
また、自治体出資の組織が直接不動産事業を担うのではなく、民間資本を取り入れた子会社を設立することで資金調達の柔軟性を確保しました。このように、自治体がサポートすること、金融機関や宿泊のプロフェッショナル等、民間企業が担当することといった、外部の力も取り入れつつ、同じ目的に向かって協働しているプロジェクトであることが特徴的です。

加えて、大洲では文化資産の活用方法にも特徴があります。城での宿泊体験に代表されるように、単に「見せる」観光ではなく、地域の歴史や文化を体験として再構成しています。地域の人材や文化団体も巻き込み、物語性のあるコンテンツとして提供することで、その地域でしか体験できない価値を生み出しています。

Chapter.02 道後温泉が直面する「成熟観光地の再成長」という課題

道後温泉は、大洲とは対照的に長年にわたり高い知名度を持つ観光地です。しかし、そのこと自体が競争優位になる時代ではなくなっているといいます。国内外の旅行者にとって選択肢が増えた現在、知っているだけでは選ばれない。成熟観光地にとっての課題は、「行ったことがある場所」から「もう一度行きたい場所」へどう変わるかにあります。

道後御湯をはじめ、宝荘グループとして宿泊施設を複数運営する宮﨑会長の取り組みは、この課題に対する実践と言えます。宝荘グループでは、従来の団体型旅館モデルから脱却し、個人旅行者や海外富裕層に対応した宿泊体験へと転換を図ってきました。
その象徴が、全室露天風呂付きの客室設計です。これは単なる高級化ではなく、欧米豪の旅行者の行動様式を踏まえたものだといいます。大浴場文化が前提ではない層に対しても、日本の温泉文化を無理なく体験できる、空間設計においても過度な和風演出ではなく、快適性と日本文化の要素をバランスよく取り入れています。
また、個人向けの高付加価値施設、一人旅に対応する施設といったように、需要ごとに機能を分けることで、温泉地全体として多様な旅行者を受け入れる体制を整えています
ここでのポイントは、「一つの施設を強くする」のではなく、地域全体としての受け皿を設計していることです。
さらに道後温泉の特徴は、宿泊施設の改善だけでなく、地域全体の受け入れ環境の整備にも踏み込んでいる点にあります。交通の分かりやすさ、キャッシュレス対応、Wi-Fi環境、街歩きの快適性といった基盤整備は、旅行者の満足度に直結する要素です。

実際、海外旅行者にとっては、空港到着後の移動や決済の不便さが最初のストレスになることがあります。そうした体験を改善することは、海外旅行者だけでなく、日本人にとっても利便性を高めることにつながります。つまり道後温泉ではインバウンド向けの対応を特別な施策としてではなく、旅行者全体の体験を底上げする取り組みとして位置づけているのです。
また、プロモーションにおいても、単発の海外販促ではなく、継続的な関係構築を重視しています。台湾など特定市場に対しては、現地との交流や旅行会社との連携を積み重ねることで、ブランドとしての認知を形成してきました。さらに、日本在住の外国人や留学生の口コミといった自然発生的な情報発信も重要な要素として捉えています。

これは、大洲が「構造を作るモデル」であるのに対し、道後温泉は「既存ブランドを進化させるモデル」と言えるでしょう。

共通するのは「観光を流れとして設計する」という視点
大洲と道後温泉は、出発点も課題も異なります。しかし両者に共通しているのは、観光を単なる集客ではなく、地域内で価値が循環する仕組みとして捉えていることです。
大洲では街を歩く導線そのものが消費を生む構造をつくり、道後温泉では宿泊体験と地域環境の両面から滞在価値を高めています。どちらも「何を見せるか」ではなく、「どう過ごしてもらうか」を起点に設計されている点が特徴です。
この視点は、このあとのしまなみ海道やWAKKAの事例においてさらに顕著になる。サイクリングという体験を入口に、広域周遊や滞在、地域との接点を生み出す仕組みは、まさに“面で稼ぐ観光”の好事例です。

Chapter.03 サイクリングを起点に“面で稼ぐ”構造をつくる

しまなみとWAKKAに見る、広域連携と体験設計の実装
ここまでも観光を「流れ」として設計し直している点を見てきたが、以降はよりダイナミックにその構造が現れているしまなみ海道エリアと、その現場で体験価値を具現化しているWAKKAの取り組みを取り上げます。

ここで重要なのは、しまなみ海道の成功が「サイクリングが人気だから」という単純な話ではないことです。実際には、サイクリングという体験を入口に、広域周遊、宿泊、地域消費、体験、さらには移住・定住へとつながる一連の流れが設計されています。この“面で稼ぐ構造”こそが、愛媛モデルのもう一つの核となっています。

一本の道を“何度も来たくなるエリア”へと拡張したしまなみ海道
しまなみ海道は、尾道から今治まで約70キロのサイクリングルートとして知られている。しかし、その本質的な価値は単一のルートのみでなく、島を一周するルートや周辺の関連ルートを含めると、全体で約250キロに及び、訪れるたびに異なる体験ができる構造になっています。
この設計が、リピーターの創出と滞在時間の延長につながっている。上級者は別ルートを求めて再訪し、海外旅行者は2泊、3泊かけて島を巡る。つまり、しまなみ海道は通過型の観光地ではなく、滞在と再訪を前提としたエリア設計がなされているのです。

この構造を支えているのが、しまなみジャパンによる広域マネジメントです。今治市、尾道市、上島町といった自治体に加え、旅行・マーケティングの専門人材を組み込み、レンタサイクル、プロモーション、データ分析を一体で運営しています。
特にレンタサイクルは、単なるサービスではなく、地域の基幹インフラとして機能しており、約2200台の自転車と複数の拠点を持つことで、初心者や外国人でも気軽に参入できる入口を作ると同時に、利用データを蓄積し、地域の動きを可視化する役割を担います。

実際、GPSや予約データの分析からは、どのルートが使われ、どこで人が滞在し、どのスポットが人気なのかが具体的に見えてきています。橋の上での滞在や、観光施設以外の場所での人の動きまで把握できることで、地域の新たな価値発見や施策改善につながっています。
これは観光におけるDXの代表例であり、単なるデジタル化ではなく、地域資源の再発見と意思決定の高度化を同時に実現している点に意味があります。

インバウンドの質が、地域の構造を変え始めている
しまなみ海道のもう一つの特徴は、インバウンドの構成です。訪日客の中でも欧米豪の比率が高く、特にオーストラリアやヨーロッパ諸国からの来訪が目立ちます。人口あたりの来訪率で見ると、アジア圏だけでなく欧州諸国も上位に入るなど、特定の文化圏に強く刺さっていることが見えてきます。
これは、自転車文化やアウトドア志向といったライフスタイルとの相性によるものであり、単純に地理的な近さでは説明できません。その点を示すように、訪日客数は多いものの、自転車に乗る文化があまりない韓国の利用者は、1%未満と多くありません。この点は、インバウンドを一括りにせず、市場ごとの文化的背景まで踏まえた戦略が必要であることを示しています。

また、認知の広がり方も特徴的です。広告や大規模なプロモーションよりも、口コミやSNS、YouTubeなどの個人発信が大きな役割を果たしているといいます。実際に訪れた旅行者が体験を共有し、それを見た次の旅行者が訪れるという循環が成立しています。

これは、しまなみ海道が「説明しなくても伝わる体験価値」を持っていることの裏返しでもあります。景観の美しさやサイクリングの爽快感は、映像や写真で直感的に理解されやすい。そのため、地域側が過度に演出しなくても、体験そのものがマーケティング機能を持つ状態が生まれています。

Chapter.04 WAKKAが実現する、“旅を成立させる拠点”という役割

こうしたしまなみモデルを、実際の滞在体験として成立させている事業者のひとつがWAKKAです。WAKKAは単なる宿泊施設ではなく、サイクリング旅の途中で必要になる機能を集約した拠点として設計されています。
宿泊、レンタサイクル、荷物輸送、アクティビティ、カフェ、シャワー、洗濯など、多様な機能を持つことで、旅行者の不便や不安を解消する。特に海外からの個人旅行者にとっては、ルート選び、時間配分、移動手段、食事、荷物管理といった課題が多く、それらを一つずつ解決していくことが旅の満足度を大きく左右します。

WAKKAの特徴は、これらを現地で対応するだけでなく、旅の計画段階から丁寧に関与している点にあります。英語での問い合わせに対し、体力や年齢、人数、食事制限まで踏まえて具体的な旅程を提案し、不安を取り除く。このプロセス自体が体験価値となり、結果として予約や利用につながっています。
ここで重要なのは、すべての問い合わせを自社の売上につなげようとしない姿勢だといいます。場合によっては他の宿やサービスを紹介することもありますが、そこからも信頼関係が構築され、「ここなら安心できる」という認識が生まれることで、口コミやリピートにつながっています。

“余白”を設計することで生まれる、海外旅行者の満足度
WAKKAの提案するプログラムのもう一つの特徴は、体験を詰め込みすぎないことです。特に欧米豪の旅行者は、スケジュールが細かく決められた旅よりも、自分で発見する余白のある旅を好む傾向が強いといいます。

そのため、旅程を組む際にも時間的な余裕を持たせ、寄り道や偶然の出会いが生まれる余地を残す。実際、しまなみ海道では地元の人との何気ない交流や、景色に誘われて立ち寄る場所が、海外旅行者に強い印象として残ることが多い。
特に特徴的なのが、地域に根付く「お接待」の文化です。地元の人が旅行者にみかんを渡したり、声をかけたりするような自然な交流は、海外旅行者にとって非常に価値の高い体験となります。これは観光用に作られた演出ではなく、生活の中から自然に生まれるものであり、だからこそ強い印象を残します。

WAKKAはこうした体験を意図的に作り込むのではなく、起こりやすい環境を整えることに注力しています。これが、過剰なサービスとは異なる、深い満足度を生んでいます。

観光は「人を呼ぶ手段」から「地域を動かす仕組み」へ
愛媛の4事例に共通していたのは、観光を単なる集客手段ではなく、地域の構造を変える仕組みとして捉えていることです。

大洲は空き家と歴史資産を活用し、街全体で稼ぐ構造をつくり、道後温泉は成熟観光地としての強みを活かしながら、次の時代に向けて再設計を進めています。しまなみジャパンはサイクリングを起点に広域連携と滞在を生み出し、WAKKAはその現場で旅行者の体験を具現化しています。
いずれも共通しているのは、「何があるか」ではなく、「どう過ごすか」を設計している点です。観光地の価値は、個別の資源ではなく、それらをどうつなぎ、どのような体験として提供するかで決まります。
地方における観光の競争は、もはや資源の量や知名度ではなく、体験設計の質と地域全体の統合力に移っているのではないでしょうか。愛媛の取り組みは、そのことを示す実践的なモデルであるように思います。
愛媛県の複数の事例が示しているのは、地域資源の豊富さそのものではなく、それらをどうつなぎ、流れとして設計するかによって、観光の質と経済効果が大きく変わるということです。

観光は「人を呼ぶ」ためのものではなく、「人が関わり続ける地域をつくる」ためのものへ。その転換をどう実現するかが、これからの地域に問われている。