手を伸ばせば、そこに海がある。魚がいる。持続可能な発展と魅力が凝縮した、日本で一番海に近い町ー伊根町
「伊根の舟屋」で知られる伊根町は、多くの映画やドラマのロケ地になるなど、日本有数の景勝地です。手を伸ばせば、そこに海がある。魚が泳いでいる。日本で一番海に近い暮らしを体感できる場所―そんな伊根町だけが持つ多くの魅力をどのように伝え、発信していくか。 今、伊根町に住み、暮らしている人たちの想いやアイデアが、少しずつカタチになり始めています。初夏の岩ガキ、秋のアオリイカ、冬のブリ…四季を通じた旬の美味しさを味わってもらうための取り組み。1日1組のお客様に限定し、一番海に近い暮らしを心ゆくまで堪能してもらう宿泊。伊根町をさらに活性化させる新しいツーリズムの可能性。 伊根町全体で歴史と自然を守りながらも、新しいものを取り入れ、決して急ぐことなく、地域の未来へ向けて進んでいます。
-地域の唯一無二性-
伊根町は京都・丹後半島の北東部に位置し、日本海に面した町です。町の南に位置する伊根湾一帯は、漁村として初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。海と山に囲まれた自然豊かな風景は、“海の京都”としても知られています。
この地域の特徴であり代名詞と言えるのが「伊根の舟屋」。一階が舟を収容するガレージ、二階が居室として使用される建物で、伊根湾の周囲5Kmに約230件の舟屋が建ち並ぶ景観は、まさに“海と共生する暮らし”そのもの。伊根漁港ではブリ、アジ、イワシ、サバなど、新鮮な海の幸が四季を通じて水揚げされています。
伊根町は決して多くの観光客が集まる名所・旧跡ではありません。漁師を中心とした地元の人々が、日々穏やかに暮らす生活文化財。町全体が一体となって、その自然や歴史、風景を守っているからこそ、日本の古くからの普遍的な魅力を持ちながら存在し続けているのです。
“伊根ブランドの未来”を描く漁業の先駆者。 【橋本水産】
日本海側ではほぼ唯一となるブリの養殖を手掛けているのが、株式会社橋本水産。ブランド鰤の「伊根ブリ」として大きな人気を誇ります。「エサにはイワシ、アジ、サバを使っています。ほとんど若狭湾で取れたものばかり。だから、伊根ブリは脂が乗っていてもしつこくなくさっぱりした味わいなんです」と語るのは、社長の橋本弘氏。
以前は京都の病院で医療事務の仕事をしていた橋本氏は、祖父・父の代から伊根町で暮らしていました。「ブリの養殖を始める時、もうからないから、やめとけと周囲に言われましたね。昔は養殖業者が10件ほどありましたが、どんどん減っていた状況でした」。しかし、伊根の海が大好きだからこそ、勇気を持ってチャレンジ。様々な試行錯誤を経て、伊根ブリのブランディングにも成功し、今では日本全国から多くの引き合いがあります。「伊根ブリは成長が遅く、愛情を持って育てなければなりません。生産者として品質への強いこだわりを持ち、ブランドを維持するための責任を常に意識しています」。
同時に行っているのが、岩ガキの養殖。伊根の岩ガキは海がきれいなことから、その味は雑味がなくとてもマイルド。東京・大阪を中心とした料亭やホテルなどに年間4~5万個出荷されています。「おかげ様で多くのご要望をいただいていますが、伊根湾が小さいこともあり、これ以上増やすことは品質低下になるので難しいですね」。
橋本氏は、伊根の海産物の美味しさをもっと知ってもらうためのアイデアをいくつも思い描いています。「伊根湾は若狭湾の内側にあり、防風の役目を持つ青島があります。だから外洋の影響を受けにくく、海水がとてもきれいなんです。そこで取れた食材の持つパワーは本当にすごい。例えば、海に浮かぶ生け簀の上でシャンパンを飲みながら旬の岩ガキを味わうなんて、最高のツーリズム体験になるんじゃないでしょうか」。
伊根湾を愛し知り尽くす橋本氏が目指すのは、“本物の味を、旬の時期に味わってもらう”こと。そのビジョンは、伊根町の魅力をさらに高めていってくれるはずです。
“暮らすように滞在する” 海釣りや磯遊びを体験できる、漁業体験型民泊。 【舟屋の宿 鍵屋】
1日1組(6人まで)限定。15年ほど前、100年前の建物をリフォームし、現代的な構造に。食べたい旬の魚の時期にあわせて年に何度も訪れるリピーターが絶えない人気の宿、それが「漁業体験型民宿」である舟屋の宿 鍵屋です。
経営する鍵賢吾氏は、伊根町出身。洋食のアルバイトを経て、河豚の免許を取るため錦市場の河豚・鱧専門店やふぐ料理店で免許を取得。料理旅館に就職して和食も学びました。その後、23歳で結婚。奥様美奈さんの実家・茨城県で飲食店をオープンし、14年運営した後に伊根町に戻ってきました。
「2007年頃の伊根町は観光客が通り過ぎる地域になっていました。民宿は高齢化などもあり実際に稼働している舟屋の宿は2軒ほどに減っており、地元の商工会から民宿をやってくれないかと言われましたね」。
もともと伊根町が好き、釣りが好きな鍵賢吾氏。当初は釣り船で釣りができ、食事もできるレストランの経営を予定していましたが、商工会と「漁業体験型民宿」という新しい形の宿を考えます。
宿のコンセプトは“甥っ子、姪っ子に会いにくるような宿”。お客様と宿のオーナーという関係ではなく、まるで親戚の家のように寛いでもらいながら、遊覧船に乗って一緒にイカ、アジ、甘鯛、スズキなどの海釣りや磯遊びを楽しめることが、人気です。また、宿で使用する食材は全て伊根町で獲れた新鮮なものばかり。冷凍は一切扱いません。バーテンダーの息子さんが担当するアペリティフやカクテルも新たな魅力の一つに加わっています。
「伊根から離れて暮らした20年間、いろんな場所で釣りをしました。でも伊根湾の規模で工場や川の無い綺麗な海はなかなか無いと実感。伊根で釣りや磯遊び、そして新鮮な魚の美味しさを味わってもらえたらきっと伊根を好きになってもらえるはずです。ついついお客様に負けないくらい、釣りを楽しんでいます(笑)」。
現在は、これまでに知り合ったシェフ達と一緒に伊根の食材を料理して楽しめる場所として、プロ用キッチンを備えた宿「泊まれるシェアキッチンを作り、そこから献上米になったこともある美味しいお米や京野菜、無農薬・無肥料の野菜など、伊根町の豊富な食材を世の中へ拡げていきたいと考えています。
「宿の仕事を頑張って宿が増えれば、食材の需要も増えて、漁師や農家さんを目指す若い人も増えるでしょう。美しい舟屋群に美味しい食材、そして伊根町を愛する人が増えてくれれば、私たちにとってとても嬉しいことです。だから、まずは自分自身が楽しく遊ぶように仕事をしたいですね」。
もし鍵賢吾氏と美奈さんに会えば、伊根地域への大きな愛情とどこまでもポジティブなエネルギーをきっと感じることができるはずです。
Iターンで移住。 伊根に魅せられ、新たな視点で事業を創出。 【CAFE&BB guri】
CAFE&BB guri(ぐり/漁礁という意味)は、海の中の漁礁に集まる魚のように、旅人も地元の人も気軽に集まる場所がコンセプト。1952年築の古民家を改装したモダンで落ち着きのある空間です。
運営する合同会社GURIの代表社員・當間一弘氏は、2017年に伊根町に移住し、その1年半後にCAFE&BB guriを開業しました。
当時から當間氏をバックアップしてきた伊根町商工会・総括主事の亀井徹氏は「私たち商工会は“個店の経営支援”がミッションです。そのために、創業は優先的に支援すべきと考えています」と語ります。
「2014年に仕事で伊根町に来たのですが、すぐにこの地域が好きになって移住を考えました。商工会には補助金のことや事業のことなど、いろいろ相談に乗ってもらい、すごく助かりましたね」と話す當間氏は、すでに次の新たな事業である不動産業「REAL EATATE guri/ぐり不動産」を開業。CAFE&BB guriで観光客を受け入れるだけではなく、今度は新たな人材(プレーヤー)を受け入れる側に立とうとしています。
「伊根町が未来に向けて変化していくためには、新たな視点を持った人が必要ですし、そのためには暮らす場所が欠かせません。空き家などを上手に活用していきたい」。
「商工会としては移住だけでなくUターンにも力を入れて行きたいのですが、新たに住む場所や2世帯が住むための舟屋のリフォームなども必要。當間さんにもぜひ協力してほしいと思います」と亀井氏。伊根町では町営住宅も常に満室に近い状態であり、不動産(舟屋を含む)の流通がほとんどありません。そのため、新たなUIターン希望者が移り住みたくても、選択肢が乏しいのが現状。
「自分が移住し暮らしてみて感じたことがあります。それは教育・文化・芸術といったパブリックサービスが都会に比べて少ないこと。サステイナブルな町を子供たちに残していくためにも、これからは自由に開かれた多様な考え方や交流が必要になってくると思います」と、當間氏。そして、亀井氏は「個店が輝けば、地域全体が輝く―それは間違いない。商工会は地域活性化のために、想いを持つひとり一人のビジネスを全力で支援していくつもりです。そして當間さんのように、伊根町が好きで、伊根町のために行動してくれる人を少しずつ増やしていくことが目標です」と、続きます。
最後にお二人はこんな力強いメッセージをくれました。
舟屋、人々の想い、そしてアイデア。伊根町が持つたくさんの魅力を世の中に向けて発信し、新たな可能性の溢れる町を創っていきたい。