「海外にヒントあり。海外に市場あり」をモットーに海外70ヵ国100都市に長期在住する日本人女性で、かつ現地でジャーナリストやリサーチャーとして活躍する600人以上のグローバルネットワーク体制「ライフスタイル・リサーチャー®」をベースに活動をしています。なぜ日本人なのか?なぜ女性に特化しているのか?そのあたりは追々ご説明していく機会があればと思います。このような独自の体制で海外事業を20年近く進めていますが、徹底してこだわっているのは「ローカルの生活者視点」や「ローカルの生活環境や現地事情」を最優先にしていることです。今回が初めてとなる本コラムでは「食のグリーンシフト」というテーマを軸に、海外各国のローカル生活者のリアルな声や小さなキザシの動きに耳を傾け、社会や価値観の変化の潮目を読むことで見えてきた海外各国の動向をご紹介していこうと思います。そして、こうした世界的な「食のグリーンシフト」という傾向が、日本の和食文化やガストロノミー、さらには訪日インバウンド復興のための海外戦略にとっては大きな追い風になるのではないかという仮説を検証していきたいと思います。こうした主眼で依頼したのはイギリス、フランス、デンマーク、アメリカ、メキシコ、南アフリカ、シンガポールといった7ヵ国のライフスタイル・リサーチャーです。
今回は「食のグリーンシフト」の推進として各国の政府や公的機関がどのような独自の指針やビジョンを打ち出しているかを紹介します。その中でも英国政府が2021年の秋に宣言した「グリーン産業革命(Green Industrial Revolution)」は大きな動きです。19世紀に英国で始まり、現在の利便性と効率化を追求した現代社会が実現した契機となった、つまり炭素化社会を実現した「産業革命」をグリーンシフトしてゼロ炭素化社会にリセットしていこうという取り組みです。グリーン産業革命の発表にあわせて英国環境食糧農業省はゼロ炭素化と食糧保全を両立する指針の検討をすすめ、農業に低炭素化を促進するテクノロジーを導入したファーミング・イノベーションプログラムを立ち上げました。同年スコットランドで開催されたCOP26では1000余りの食関連企業からなる英国フード&ドリンク連盟は2040年までに国内の食産業をゼロ炭素化社会にするという声明を出しました。COP26の会期中のケータリングは地産地消で集めた食材が使われ、飲料にはリサイクル可能なカップが使用されるなど具体的な動きも目立ってきています。このように2021年は産業革命を始めた国がグリーンシフトを宣言し大きく舵を切った象徴的な起点になったといえるでしょう。
次にシンガポールの取り組みですが、2030年までに食料自給率を30%まで引き上げると宣言した「30 by 30」という明確でわかりやすい指標を打ち出し、国民からの賛同を得ています。国土の狭いシンガポールにおいて、農業用地として使える土地は1%ほどしかありません。そのため、現状の食料自給率は10%程度であり、ほとんどを輸入食材・食品に頼っている状況ですが、これをアグリテック(水耕栽培など)とフードテック(細胞培養など)で解決し、食料自給率を30%まで引き上げ、食の安定供給を叶えると共に、輸送時に発生する温室効果ガスを削減することにも寄与するというグリーンシフトの取り組みです。
そして、メキシコでは自給自足プログラムとして「Sin Maíz no hay País (マイスがなければ国もない)」というメキシコ原産のトウモロコシ=マイス固有種を存続させるキャンペーンを2021年9月より開始しました。遺伝子組み換えトウモロコシにより、原種のマイス60種の存続が脅かされており、このマイスの保護こそが、農業従事者の権利を守るだけでなく、食の多様性につながり、メキシコ食文化の伝統を守るものだと訴えています。輸入に頼らず自国のアイデンティティともいえる食糧の価値を見直す動きも食のグリーンシフトの一環と言えるでしょう。
このように世界各国での取り組みや課題レベルはさまざまではありますが、食のグリーンシフトの動きはグローバルで共通に顕在化しています。次回以降では各国での食のグリーンシフトをあらわす象徴的なニュースやトレンド事例、例えばアメリカのリジェネラティブ農業、シンガポールのバス停を活用したアーバンファーミング(都市型農業)、南アフリカのカラハリ砂漠の塩、イギリスのヴィーガニュアリー(ヴィーガンの1月)、フランスの人工的すぎないプラントベースドフードへの回帰などなど。現地在住のライフスタイル・リサーチャーから届いた現地情報を随時紹介していこうと思います。