Model case 10

最後の成長市場アフリカで、干しいもを輸出事業に育てる

日本の伝承技術を「応用」し、
タンザニアで新たな干しいも事業を共創

Matoborwa Co. Ltd. (マトボルワ) 長谷川竜生

近年、素朴な味わいと健康食品としての価値が再評価され、人気が高まっている干しいも。実は江戸時代から作られており、約200年もの技術の蓄積があります。東アフリカ・タンザニアのMatoborwa(マトボルワ)社は、茨城県の老舗㈱照沼の協力を得て、干しいもを新しい輸出産業にすべく奮闘中。成功の鍵は日本の専用品種「タマユタカ」の導入と、それを現地の契約農家と二人三脚で栽培する体制づくりです。遠く離れた日本とタンザニア、それぞれ独自に発展してきた干しいもづくりが、今結び付いて新しい事業になろうとしています。アフリカのアグリビジネス、および食品加工事業について、これまでの経緯と今後の成長可能性を、長谷川代表にお話いただきました。

Chapter 01

アフリカで干しいも作りに挑戦する Matoborwa社

 「干しいもは大好き、だけど値段が高くて買えない」そんな声を聞いて、長谷川氏は挑戦を決めました。2014年に東アフリカ・タンザニアでMatoborwa社を創業。それから7年間、畑と工場を往復しながら、理想の干しいも作りに取り組んでいます。日本市場では2016年まで約2万トンの干しいもが流通しており、その半分は中国からの輸入品でした。ところが中国からの輸入量が減り、日本の干しいも不足が始まります。特に最近はドラッグストアなどに売り場が広がり、健康食品としてますます人気が高まっています。
 当時、隣国ルワンダで働いていた長谷川氏は、その情報を聞いてアフリカで作る可能性を調べた結果、意外にもタンザニアでは日本の3倍以上ものサツマイモを栽培していることや、農村部では日本とよく似た干しいもを伝統的に作ることを知って驚きます。農村で人々が作る干しいもは、現地の言葉でMatoborwaと呼ばれており、後日それを社名にしました。サツマイモの皮を剥き、鍋で煮たものを細かく切って屋根の上に乗せ、赤道直下の日射しでカラカラに乾燥させて作ります。一種の伝統的な保存食であり、日本のインスタントラーメンのようにお湯で煮て、ふやかしてから食べるそうです。
 「伝統的に干しいもを作れる風土なら、日本の技術を導入すれば、もっと甘くて柔らかい日本式の美味しい干しいもを作れる」そう思った長谷川氏。日本から干しいもに最適なサツマイモの品種を導入して、現地に干しいも産業を育てる構想に至ります。そして茨城県で干しいもを作っている㈱照沼の照沼名誉会長とタッグを組み、その実現にむけて踏み出しました。しかし柔らかくて甘いスイーツのような理想の干しいもをタンザニアで再現することは予想以上に難しく、それから7年間を費やします。「干しいもの原料は、サツマイモ100%だから、原料のサツマイモの品質を改善しないと、美味しい干しいもは作れません」と語る長谷川氏。そこまでこだわる「サツマイモの品質」とは何なのでしょうか。

Chapter 02

農家と二人三脚で、 世界に通用する干しいもを作る

 干しいもは、1年かけて作る食品です。タンザニアの場合、10月の契約農家むけ説明会から始まります。12月になると工場の育苗場で、日本から導入したサツマイモ品種「タマユタカ」の苗を育て始めます。本格的な雨季が1月に始まったら、契約農家への苗の配布を始めて、3月まで畑に植える作業を続けます。その後も契約農家を定期的に訪問し、除草などの管理作業を一緒にすることもあります。
 収穫は6月から。何度も試し掘りをして丁度いいタイミングを計り、傷をつけないよう細心の注意を払って収穫します。そして専用コンテナに入れて、自社トラックで工場の貯蔵庫に運びます。ここで数ヵ月熟成すると、サツマイモの澱粉が糖分に変わって甘くなります。こうして8月になると、ようやく原料のサツマイモが工場に運び込まれるのです。
 工場ではゆっくり低温で蒸すことにより、さらに糖度を上げます。そして蒸しあげた熱いサツマイモを1個1個手で皮をむき、スライスしてトレイに並べ、日本製の食品乾燥機で、風味を残せるように低い温度で乾燥させます。このように気の遠くなるような工程を経て、干しいもは作られています。
 原料のサツマイモに求められる品質とは、まずタマユタカ以外の品種が混入していないこと。それから長期の貯蔵に耐えられる健康な状態で、傷や虫害がないこと。さらに加工に適した大きさで揃っていることなど、実に多岐にわたります。こうした品質をクリアしたサツマイモを調達するには、契約農家と事前によく打ち合わせしたうえで、二人三脚で栽培を進めるほかに方法がありません。これらの結果、Matoborwa社は干しいもの老舗、㈱照沼の照沼名誉会長に「茨城産と同じ品質」とのお墨付きを頂いています。
 工場は、こういった姿勢に共感した人たちが働いています。「特に募集広告はしていません。干しいもの製造を楽しみ、仕事を覚えたら昇給する仕組みです」と長谷川氏。干しいも事業を通して、アフリカの雇用創出や農業開発を着実に成功へ導いています。

Chapter 03

4年間で品種登録に成功、 しかし困難は続く

 Matoborwa社がタンザニアで茨城県産と同じ干しいもを作るには、日本で育種されたタマユタカという品種の存在が不可欠。とはいえ実はタマユタカも1960年認定の古い品種で、プロジェクト開始時も主流は「紅はるか」に移行していました。これは農家にとって栽培しやすく、干しいもにも焼き芋にも適しており、色彩も鮮やかな万能品種です。現在は海外における品種登録を政府が推進する方針になりましたが、当時は育成者権が失効している品種を登録するしかなかったそうです。
 品種登録を申請したのが2017年。最終審査合格の通知を受けたのが2020年、官報が出たのは2021年でした。知的財産権を確保し、対日本はもちろん欧米にも輸出する事業ができるまで、創業から7年が経っていました。この間の運転資金を稼ぐために、干しいもの技術や設備を使ってドライフルーツを製造販売したり、現地向けの菓子製造を手掛けたりしています。
 「品種登録の次は、資金調達ですね」と課題を語る長谷川氏。昨年はクラウドファンディングで生産設備を拡大する資金を調達。今年は原料を調達する大型トラックの融資のために、金融機関をまわっています。商品を日本や世界に輸出するには、安全安心を担保できるHACCP認定工場も必要。さらに安定供給するには、契約農家を組織する必要もあります。
 「今、注目されているアフリカビジネスは、ICTや通信などの先端技術で社会問題を解決するタイプが多い。アフリカには広大な可耕地があり、よく食べる若年層が多い健全な人口ピラミッドの市場が成長しているのだから、農業や食品の分野に底堅いニーズがあることも知ってほしい。とはいえ日本企業は先行事例がないと進出しない。だから私たちがそれを実現したい」と語る長谷川氏。日系企業が進出と撤退を繰り返しているなかで、アフリカ進出のアーリーアダプターと言える同社の取り組みは頼もしい。日本の伝承技術と現地の強みを活かした新たなアグリカルチャーのモデル事例と言えるでしょう。

長谷川氏がかつて、タンザニアで出会ったドイツ人やフランス人に干しいもを食べてもらったとき、本当に美味しいと言って多くの人がお土産に持って帰ったそうです。多くの困難や苦労もある中、砂糖も添加物も使用しない何も混じらない自然のおいしさ 干しいもを通じて聞くメッセージは「可能性しか感じられない」という言葉がピッタリでした。
現在は品種登録が済んで、契約農家と原料の供給体制を整備している状況です。さらに商品を日本や世界に提供するため品質管理、安全安心を含めたHACCAPの工場を作ることを計画しています。大きな可能性を秘めたMatoborwa社の今後の発展と、多くの日本企業が後に続いてアフリカ各国と良い関係を築き、相互の成長、発展という明るい未来を描いていくことがとても楽しみです。

【matoborwaホームページ: https://matoborwa.com/】