Model case 15

自然を敬い、海とともに生きる。 ―KESENNUMA PRIDE― ー気仙沼

復興への揺るぎない意志と想いを「統合」
世界の期待に応える地域一体化モデルの発展

宮城県 気仙沼市

26年連続カツオ水揚げ日本一を誇る漁港を持ち、豊かな海と山に囲まれた宮城県気仙沼市。2011年の震災で市内周辺地域は大きなダメージを受けました。しかし世界からの支援を受けながら、改めて地元の魅力を再確認した人々の復興への強い気持ちと、それに共鳴・共感した多くの新しい人たちが集まり、「新たな志で魅力溢れるKESENNUMA」を生み出しています。 気仙沼に生まれ暮らす人と気仙沼に魅せられた人たちが、未来に向けて創造する「地域一体化モデル」とはどのようなものなのか。新しい人たちを受け入れ、多様性を尊重して出来た、新たな気仙沼を作る人々から、その戦略と想いが鮮明に見えてきました。

Chapter 01

-地域の唯一無二性-

 宮城県の北東端に位置し、豊かな漁場やリアス式海岸で知られる日本有数の水産都市・気仙沼は、2003年日本で初めて「スローフード都市宣言」を行い、2013年には日本初のスローシティ認証を受けた都市でもあります。
 市民団体「スローフード気仙沼」の理事長であり、市内の伝統ある酒蔵「男山本店」の代表取締役社長の菅原昭彦氏は、気仙沼を誰よりも愛する一人として、震災前から気仙沼の発展に取り組み、震災後は復旧・復興・産業再生に全力で携わってきました。
 「震災後、世界中から驚くほどたくさんの応援のメッセージや物心両面でのあたたかいご支援をいただきました。そして地域の再生にまい進していく中で、支援に対しての感謝を必ず返していこうと強く思ったのです」。気仙沼には海と共に暮らしてきた長い歴史があります。日本の漁業は魚を獲って終わりではなく、余すところなく使うことで、自然の恵みを大切にしてきました。そうした自分たちの暮らしぶりや環境に対する向き合い方・意識は、持続可能な生き方そのもの。再生した気仙沼を「循環型地域社会モデル」として世界中に発信していくことが、多くの支援への感謝につながるのではないかと菅原氏は考えます。
 「ただし、それは震災からの復興という一過性のものであってはならない。様々なプロジェクトが立ち上がり、そこから次のプロジェクトへと連鎖し、地元の人々が押し上げていく。そのような流れ、体制作りが絶対に欠かせません」――こうした菅原氏の意志と想いこそが強固な礎となり、それに賛同した人たちが結集して「新しいKESENNUMA」が誕生したのです。

Chapter 02

意志と想いを継ぐ 【(一社)気仙沼地域戦略】【(株)リクルート】

 2013年より公益社団法人経済同友会の東北未来創造イニシアティブに参画し、現在は(一社)気仙沼地域戦略の理事・事務局長としてマーケティングやビジネス創造を行っている小松志大氏。小中高時代を気仙沼で過ごした後は離れて暮らしていましたが、震災をきっかけに地元に戻ることを決意。震災からの復興を通じた地域活性に向けて、DMO(観光地域づくり法人)構築や地域マーケティングを手掛けてきました。中でも特別な想いを持っているのが“KESENNUMA Crewカード”(現在は携帯アプリ)です。
 「気仙沼はもともと水産業が中心の街で、特に観光に力を入れてきたわけではありません。ですから気仙沼が持つ様々な資源を磨き続けることはもちろん大切ですが、気仙沼との関係人口を増やすこと、つまり外部の人と気仙沼がずっと繋がり続けられるような観光プラットフォームをつくることが必要だと考えました」。
 “KESENNUMA Crewカード”の会員は既に4万6000人を突破。日本版観光CRM(Customer Relationship Management=顧客関係管理)の成功事例として各メディアでも注目されています。「多くの人が気仙沼とつながることで、気仙沼に想いを馳せてほしい。そして、いつかは気仙沼にいきたいと思ってほしい。外の人と気仙沼の人がつながり、そこを起点とした継続的な地域活性化を実現させていきたいですね」

 そして、株式会社リクルートから気仙沼へ出向し、およそ3年10か月を仮設住宅で暮らしながら、上記の小松氏と机を並べ、二人三脚で震災復興というミッションに取り組んできたのが、森成人氏です。気仙沼特有の魅力を伝えるための商品・サービス(サメのコラーゲン成分から開発した化粧品やオキアミの特殊成分を使用したサプリ等)、観光体験ツアー(漁師のガイドから学べるカキ養殖体験・気仙沼湾クルージング)などを開発。しかし、一時的なモノや事業を作っても、継続性が無いと感じていました。
 「震災復興を通じて感じたこと。それは、気仙沼という地域とそこに住む人々には、様々な支援をキャッチ(受け止める)する素晴らしい力があるということでした。だったら、その部分をもっと磨いていこうと。具体的には、企業との連携、移住者の受け入れ、プロフェッショナルとの協力などのための組織的な体制作りを行ったんです。そうすることで、誰かが手を挙げた時に、すぐフォーメーションを組むこともできる。これからは、地域の誰かがピッチャーとなった時、それを継続的に地域内でキャッチできるはずです」。
 2021年に気仙沼を離れた森氏ですが、気仙沼市復興アドバイザーとして、また小松氏の大切な友人として、現在もその強い絆は続いています。

【気仙沼地域戦略ホームページ: http://k-ships.com/】

Chapter 03

気仙沼ならでは魅力を高める 【ヤマヨ水産】【男山本店】

 気仙沼の大島瀬戸地区で昭和5年からカキ養殖を続けるヤマヨ水産の4代目であり、2022年4月29日に「生産者と消費者をつなぐきっかけの場としたい」という想いで新鮮なカキが存分に味わえる“ヤマヨ食堂”をオープンした小松武氏。NHK連続テレビ小説「おかえりモネ」のロケ地にもなりました。建設会社勤務を経て家業のカキ養殖に携わりますが、震災時に自宅、工場、養殖施設を失いました。それでも、ここ大島の自然と漁業を愛する気持ちが、再開への原動力に。
 「カキは春に仕込んで、次の年の冬に出荷します。1年半~2年にわたりお世話をしているわけです。気仙沼湾の海水はミネラルが豊富で、カキの餌となるプランクトンが多い。ですから大きく育つんですね。もちろんそのまま放っておくのではなく、最終形をイメージして、カキの育成具合をみながら養殖筏の場所を入れ替えたり、温湯(おんとう)処理(筏に吊るしたカキを、船の上で75度のお湯に一定時間つけて、カキの殻に付着した貝・海藻類などを死滅させる)を行います」。
 自然が相手の仕事だからこそ、成功しても失敗してもあきらめがつく。ただし、人間ができることはとことんやるのが、小松氏の生産者としてのこだわり。「海の上で仕事をしていると、キレイなところでいい時間を過ごせてるな。幸せな気持ちになります」小松氏の表情から、揺るぎない意志や地元への愛情が伝わってきました。

 出身は神奈川県。大学で醸造を学び、自ら男山本店に電話をかけて採用に至ったのが、若き新杜氏の窪島衣通絵さんです。「お酒の飲み方が変化し、SAKEは世界中に広がっています。もっと国内で消費されるようにしたいし、日本の大切な文化として多くの人に知ってほしい」。そんな想いを持つ窪島さんを「まだまだ粗削りだけど、すごく伸びしろがあります」と評するのは、前杜氏である柏大輔氏。日本酒に興味を持つ人が増えている中で、味だけではなく、作っている人や作っている会社の情報をオープンにして、積極的に発信していきたいと考えています。2022年11月には、窪島さんが新杜氏として柏氏からのバトンを胸に醸した“最初のしぼりたて生原酒・蒼天伝”が出荷されました。
 さらに男山本店では、気仙沼の風土によって醸されたお酒・蒼天伝を瓶ごと海中に沈め、海の中で1年間熟成させる「海中貯蔵」を行っています。当初は日本酒の雪中貯蔵や低温貯蔵に替わる新たな貯蔵方法の開発を目指して実験的にスタートしましたが、その唯一無二の味わいが評判となり、『海中貯蔵の旅』をインバウンド向け商品として推進しているところです。
 地元の米と地元の水と地元の人と気仙沼の風土―その全てが込められている男山本店の日本酒。そこに内包された物語は、食のもう一つの美味しさと言えるのではないでしょうか。

【ヤマヨ水産ホームページ: https://yamayosuisan.com/】
【男山本店ホームページ: https://www.kesennuma.co.jp/】

Chapter 04

気仙沼から、未来を見据える 【NPO法人森は海の恋人】【臼福本店】

 ここ気仙沼市の唐桑町で、30年以上前から海を守るために植樹活動を開始し、水源の山に木を植えることで流域全体を守り育てる運動を行っているのがNPO法人「森は海の恋人」。畠山信氏は副理事としてカキやホタテの生産、様々な環境活動や大学との連携、海外団体との共同プロジェクトなどを手掛けています。
 「東京で自然環境保全について学び、屋久島で働いた後に、地元に戻りました。震災では家も舟も流されて、ゼロからのスタート。もう一度ここで養殖ができるのかを確かめるため、大学の研究者に安全確認を依頼し、エビデンスとしての科学的データを得ることができました」。
 震災からの復興を経験した畠山氏は、すでに気仙沼の新しい未来に向けて動き始めています。その一つは、日本人の里山での暮らし方や生物の多様性、森や海だけではなく、その流域全体を俯瞰して捉える文化・生活スタイルを世界へ発信していくこと。その一環として自然や生態系を学ぶツーリズムや森や海でのアクティビティを計画中。「海外の団体やアウトドアメーカー、学術機関など、私たちの環境に対する取り組みやメッセージに多くの人が共感してくれ、確かな手応えを感じています。これからの活動を通じて、地域の経済発展にも貢献していくことが、私たちの大きな目標の一つです」。

 7隻のマグロ延縄漁船「昭福丸」を擁する、創業1882年の漁業会社臼福本店。スペイン・カナリア諸島や南アフリカに漁船基地を置き、主に大西洋やインド洋での遠洋マグロ漁業を行っています。5代目社長の臼井壯太朗氏は、震災とその復興に最前線で携わってきた人物の一人。
「震災を経験したことで、改めて他地域にはない気仙沼の漁業や食文化を誇りに思うようになりました。そして、私が次の世代へ伝えていきたいと思うことが3つあります」。
 1つ目はエネルギーの大切さ。「震災から半月は電気無しの生活を経験しました。普段の便利な生活はエネルギーあってのものだと改めて強く実感しましたね」。
 2つ目は食の大切さ。「食べ物と水は人間に欠かすことができません。気仙沼は食の街であり、素晴らしい食料産業がある。そのことにもっと自信を持つべきです」。
 そして3つ目は、人のつながりの大切さです。「例えば水産業は漁師さんだけではなく、船をつくる人、修理する人など、いろんな人がいて成立しています。復興に際しては多くの人から支援をいただきましたが、そのつながりをしっかりと大切にしていきたい」。
 臼井氏は、世の中の価値観がSDGsをはじめとした持続可能な社会の実現へと変化する中で、今こそが日本の漁業を“未来ある成長産業”へと生まれ変わらせるチャンスだと捉えています。資源管理の徹底(2020年に大西洋クロマグロ漁世界初となるMSC認証を取得)、乗組員が働きやすい環境を整備した新船の建造、そして地元の子供たちに食や漁業の大切さを伝える活動などを行ってきた臼井氏が目指すのは、資源に優しい『持続可能な漁業』。「漁業から、日本、世界を変えていきたい」という臼井氏の願いは、気仙沼の未来にも大きな影響を与えていくはずです。

【NPO法人森は海の恋人ホームページ: https://mori-umi.org/】
【臼福本店ホームページ: https://usufuku.jp/】

Chapter 05

気仙沼に魅せられ、移住してビジネスを立ち上げ 【鶴亀食堂】【ブラックタイドブリューイング】

 漁から帰ってきた漁師さんのために朝7:00から営業を始め、使用する食材は全て気仙沼で獲れたものばかり。入口のドアを開ければ、元気な「お帰りなさい」の声が聞こえてくる…魚市場の目の前にある鶴亀食堂は、3人の女性が震災復興のボランティアに向かうバスで知り合いになったことをきっかけとして2019年に誕生しました。
 一般社団法人歓迎プロデュースの理事・根岸えまさん(東京出身)が19歳でボランティアに来た当時、ある一人の漁師さんと知り合います。「俺たちが漁業を支えていく」という圧倒的な使命感と誇りに感銘を受け、「こんな漁師さんたちと一緒に働きたい」と移住を決意。
 長期間の漁から帰ってきた漁師さんを温かく迎えるための食堂をやろうと考え、同じくボランティアを経験した男乕祐生さん(神奈川出身)と加藤広菜さん(神奈川出身)の2人が加わったのです。また食堂のすぐそばには「真っ白な気持ちでまた漁に行ってほしい」という想いが込められた銭湯も併設されています。「気仙沼を、漁師さんを一番大切にする街にしていきたい」と語る根岸さんと、「地域の人たちのエネルギーをたくさん感じてきました。そのエネルギーを自分たちの力で返していきたい」と語る男乕さん、加藤さん。元気溢れる3人の笑顔は、訪れる漁師さんにとってかけがえのないものとなっています。

 世界でも有数の豊かな漁場・三陸沖を流れる黒潮からネーミングされた「ブラックタイドブリューイング(BTB)」。気仙沼らしさ、港町らしさを感じさせる多彩ネーミングとパッケージデザイン、そして何よりバリエーション豊かなクラフトビールは、ソールドアウト続出の大人気です。
 醸造長を務めるのは、アメリカのシアトルから太平洋を飛び越えて、気仙沼にやってきたジェームズ・ワトニー氏。科学の博士号を持つ理論派であり、「気仙沼のコミュニティの一員となって、復興に強く携わりたい」という想いから2019年に移住しました。
 営業部長兼醸造士の丹治和也氏は、「クラフトビールの幅広さを気仙沼の人に知ってもらい、ここから、全国のビールファンに届けること」が目標だと語ります。海外ブリュワリーとのつながり、国内ブリュワリーや地元企業とのコラボレーションなど、BTBの活動は多くの共感と絆を獲得、力強い成長を遂げつつあります。Made in KESENNUMAの商品を世界中へ送り出し、気仙沼という街の魅力を多くの人に知ってもらうために、二人の挑戦はまだまだ続いていくことでしょう。
【鶴亀食堂ホームページ: https://kesennuma-tsurukame.com/】
【ブラックタイドブリューイングホームページ: https://blacktidebrewing.com/】

気仙沼はずっと以前から世界に開かれた漁港でした。震災で大きな被害を受けましたが、地域に住み、暮らす人々が復興のリアルな当事者となり、そのプロセスに魂を吹き込んできました。そして現在、世界中から来港する漁業関係者、漁師、船員、観光客、旅行客の全てを幸せな気持ちにさせてくれる魅力が詰まった街へと生まれ変わっています。
朝は魚市場の活気に触れ、昼は海と山と里の景色を楽しみ、夜は地酒やクラフトビールと新鮮な魚介料理のペアリングを味合う。そんな気仙沼の新しい楽しみ方からは、地域一体化モデルが目指すものをきっと感じられるはずです。
文・三浦孝宏

【気仙沼観光協会ホームページ: https://www.ine-kankou.jp/】