Model case 24

藍と共に暮らす日常。
徳島が描く“ジャパンブルー”の
新たなストーリー。

古来の藍の恵みを「再構築」。
そのポテンシャルを新しい形で創造する。

徳島県―徳島藍・阿波藍・食藍―

世界からジャパンブルーと称賛される鮮やかな「藍色」。藍染めに用いられる植物は世界中に広く分布し、その起源は約4,000年前の古代エジプトにまで遡ります。日本では万葉集で藍に関する句を見ることができ、奈良・平安時代から藍染めが広がったと考えられています。
藍は、一般的にジーンズなどに使用される「インディゴ」という名称でも知られていますが(現在はそのほとんどが合成インディゴで、天然のインディゴによる藍染は少数)、徳島の藍は今でもその多くが天然の染料です。また、徳島県では藍は染料だけではなく、実は古くから食としても親しまれてきました。「藍職人は病気知らず。藍食人は疲れ知らず」と言われ、その栄養価や機能性から近年ではスーパーフードとしても大きな注目を集めているのです。そうした藍の持つ可能性を多面的な視点から捉え直した、新しい世代によるムーブメントが、徳島県から続々と生まれています。

Chapter 01

ー地域の唯一無二性ー

 阿波踊りで有名な徳島県ですが、実は天然染料の“阿波藍”の生産量で全国一位。阿波藍とは、徳島県で生産された藍の葉を発酵させて作られた染料「蒅(すくも)」のこと。温暖で降水量が少なく、吉野川流域を中心とした肥沃な土壌が藍の生育に適しており、江戸時代には「阿波25万石、藍50万石」と謳われるほど、質・量ともに圧倒的でした。その後、海外からの安価な藍や化学染料の影響を受け、衰退していきますが、その歴史・文化・技術は途切れることなく受け継がれています。
 徳島県は世界に誇るジャパンブルーを支える存在として、藍の伝統を守りながら、これまでに無い藍の魅力を生み出していこうとしています。

Chapter 02

あたらしい藍染めの文化を、世界に広めたい【(株)Watanabe’s】

 10数年前の会社員時代に、ある雑誌で藍に出会い、その後藍染めを自ら体験。
匂い、感触、複雑で美しい色に感動し、衝撃を受けたという渡邉健太さんは、株式会社Watanabe’sの代表取締役であり、現役の藍師・染師でもあります。
 「藍染めを初めて体験した時、どこか忘れていた記憶が蘇ってきたような感覚を覚え、これが自分のやるべきことだ!と強く感じた」と話す渡邉さん。藍染め体験の4日後には当時勤めていた会社に辞表を提出し、徳島県上板町が募集していた地域おこし協力隊に応募。またたく間に、渡邉さんの新しい人生のはじまりがおとずれたといいます。
徳島県に移ってからは、地域協力活動を行いながら、藍の栽培から染色までの全工程を学び、その後、染料となる蒅(すくも)作り~染色~製作を一貫して手掛けるBUAISOUを仲間と共に設立。ニューヨークのブルックリンにスタジオをオープンして、ファッション業界や芸能界の有名人の間でも注目を浴びるほど有名に。しかし、「作り手として藍染めにもっと深く携わりたい」という想いを実現するため、自身の名を冠したWatanabe’sを2019年に立ち上げました。
 藍染めに必要な染料である蒅(すくも)は、春に種を蒔き、夏に葉を収穫し乾燥、秋口から乾燥葉を約120日間ほど水と空気のみで発酵させることによって生まれるもの。蒅(すくも)を作る職人は藍師と呼ばれ、染色する職人は染師と呼ばれます。元来、別々の仕事である藍師と染師ですが、現代の社会や地域環境に合わせて渡邉さんがその両方を手掛けているのはWatanabe’sにも継承される大きな魅力。そこには「伝統ではなく、イノベーションのために」という渡邉さんの想いが象徴されています。
 現在Watanabe’sの工房には、黙々と藍染めに打ち込む若者たちの姿があります。大学の視察での見学がきっかけで入社した人、ぜひ働きたいと履歴書を持って電撃来訪した人、アメリカから来ている外国人、いずれも藍染めに魅了されたメンバーばかりとのこと。当日Watanabe’sに訪れていたフランス出身のマノ・メラニーさんは、岡山県美咲町で「ainisomatte(あいにそまって)」という藍工房を運営。彼女もまた渡邉さん同様に、藍、そして絞り染めに魅了された1人です。
 Watanabe’sが目指すのは、「藍文化をありのまま世界へ広めること」。そのためには、「日常に落とし込み、残す。残さないと意味がない」と渡邉さんは考えています。現在構想しているのは、蒅(すくも)を広く知ってもらうためのプロジェクト。例えば、藍の種を希望者に配り、それをシェア栽培してもらった後に送り返してもらい、蒅(すくも)にする。さらに、DIY用蒅(すくも)藍建てキットを作成し、日本全国や、海外をクルマで回りながらその土地土地の人々に藍の発酵文化を広めよう(ドキュメンタリーとして撮影しても面白い?)といったアイデアも。
 「会社を辞めて徳島に来たばかりの頃、藍染めに関わっている充実感で、寝るよりも仕事をしたいと思ったほど楽しかった」と語るほど藍染めに魅了されている渡邉さん。これからどんな風に藍染めの文化を世界に広めていくのか。目を輝かせて話してくれるその姿からは、ポジティブなエネルギーが溢れ出ていました。

Chapter 03

科学的アプローチで、“食”から藍の魅力を伝える―【(株)ボンアーム】

 経営者として調剤薬局や食品販売店を運営し、『食』のフィールドから藍の文化を広げる活動を行っているのが、三谷芳広さん。その藍との出会いは全くの偶然のものでした。ある人から「無農薬の藍を何かに使うことはできないか?」という相談を持ち掛けられたことがきっかけで、藍に興味を持った三谷さんは様々な文献を調べる中で、藍が古くから解毒・解熱などの薬草として使われていることを発見。その効能や安全性、栄養価の高さを知り、「藍の持つ可能性を世の中へ伝えるべき」という使命感を持ったのです。徳島県は全国でも糖尿病死亡率が高く、(自身も薬剤師であることから)人々の生活習慣の改善に貢献出来ないかと考えていた三谷さんにとって、それは必然とも言えることだったのかも知れません。
 「藍と言えば徳島だと連想できますが、染料のイメージだけではなかなか広がらない。だったら人々に身近な“食”から藍の可能性を広げようと考えたのです」。
 食用として商品化するためには、まず安心・安全をつたえることが最優先です。素材となる藍の葉は、世界農業遺産に認定されている標高400mの美馬地区の契約農家さんが無農薬で大切に育てたものを使用。また明るい青色は食欲を減退させてしまうことから、深い紺色となるような研究や、藍の美味しさを引き出すための焙煎や粉末といった加工についての試行錯誤も重ねました。
 また三谷さんは、2017年にスタートした藍の多様な利活用を促進することを目指した産学官連携事業「藍に関する研究開発プラットフォーム」にプロデューサーとして携わっており、四国大学や徳島大学などと協力しながら、科学的なアプローチで藍におけるイノベーションの創出を目指す活動も展開。四国大学の研究によって、藍の機能性と安全性が科学的に証明され、2020年7月には厚生労働省より藍の葉と茎の食用としての利用が認可されたことで、食藍の製品化が一気に加速しました。現在は、お菓子の総合プロデュース企業・寿スピリッツ社とタッグを組み、阿波藍茶、藍の飴、藍のチーズラングドシャなどを製品化し、オンラインショップ及び県内各地で販売しています。
 三谷さんが考える藍の可能性は、食だけに止まりません。「衣食住美」という観点から捉えることで、藍のある生活を提唱。「藍を文化としてきちんと伝えていくためには、大きな世界観や魅力的なストーリー作りが必要」と語る三谷さんは、藍を体験できる宿泊施設の準備や、自社で染料や染物を作り、木工職人とのコラボレーションも行うなど、今後、日本全国に藍の魅力をもっと知ってもらうための企画やプロモーションを始動しています。
科学的アプローチで、“食”から藍の魅力を伝えるだけでなく、さらに先の未来を見つめる三谷さんにとって、藍は人生に欠かすことのできないものなのです。

Chapter 04

地域の文化としての食藍を、プレート上で表現する―【sizento】

 JR徳島駅から徒歩5分ほどの場所にお店を構えるsizentoは、徳島の旬の食材を盛り込んだイタリアンとワインを楽しめる人気レストランです。オーナーである澤和健さんは、大阪出身。大阪と京都の有名イタリア料理店で9年間修業した後、家族の故郷である徳島県に移住しました。以前から何度か徳島を訪れた際に、山の幸(ジビエや山菜、季節ごとの豊かな地元野菜)、海の幸(新鮮な魚介)、川の幸(清流の吉野川で獲れる鮎)といった多様な食材の魅力を実感。修行時代の店舗でも徳島の食材を多く利用していたことから、「縁もゆかりもある徳島でやらない理由は無い」という想いで開業を決めました。
 2019年にオープンしたsizentoですが、ここで意外な出会いがあります。先に紹介したボンアームの三谷さんが知人と一緒に来店し、澤和さんに「料理に使える藍のパウダー」を提案したのです。
 「自分で調べてみると、藍は健康に良いスーパーフードとして注目されていることを知りました。また、藍染めしたものは青というイメージがあったのですが、ヨモギなどの緑に近く、ぜひ徳島の藍を自分の料理のメニューとして開発したいと思ったので、すぐ取り入れることに」。
 しかし、簡単に進んだわけではありません。藍パウダーはとても細かく水分を吸う性質のため、比率が多いと水分が飛んでパサパサとなりまとまりにくかったり、葉の香りが強すぎたりなど…。その調整には多くの試行錯誤が必要でした。現在は、「より多くの人に徳島を象徴する藍を、もっと知ってもらいたい」という想いを込めて、全てのお客様に必ず提供する自家製のフォカッチャとパスタ生地に藍パウダーを使用。県内はもちろん、県外からも藍に興味を持ち、藍染体験の後に来店してくださる方も少なくないとか。最近では東南アジア、ヨーロッパからのインバウンドも少しずつ増えています。シェフとお客様の距離が近く、料理説明を全て自らが行う澤和さんにとって、今後ますます藍に関する話題で盛り上がることも増えていくのではないでしょうか。
 藍の持つ可能性、地域の文化としての食をプレートの上で表現するsizento。澤和さんが考えるこれからの展望とは。
「オープン以来、徳島の食材を中心に盛り込んだ料理とワインを提供するスタイルを築いてきました。徳島の伝統文化を感じさせる藍という食材が加わったことで、一層地域に溶け込み、多くのお客様に徳島独自の魅力を感じてもらえるようなレストランにしていきたいですね」。

藍染によるイノベーションを目指す渡邉さん。藍食の可能性を科学的なアプローチで広げる三谷さん。より身近なレストランで藍食を提供する澤和さん。それぞれが違った視点から、藍の可能性を追求している事実はとても興味深いものでした。
徳島県は一年を通じて温暖な気候で、海山川の豊かな自然に恵まれており、徳島市内には人気アニメのカフェがあるなど、多面的な魅力を持つ地域です。その徳島県が、“藍染文化のイノベーション”や“スーパーフードの藍”の発信地として世界から注目される日が来ることが楽しみです。
文・三浦 孝宏