Model case 17

蔵元の情熱と戦略が、球磨焼酎の未来を築く。 ―人吉球磨

500年の伝統を継承し、自社の強みを磨き込み、
米焼酎の価値向上に挑む。

球磨焼酎酒造組合

「球磨焼酎」は、WTOで地理的表示が認められている産地指定の焼酎の一つ。その産地である人吉球磨は熊本県南部の東西40km、南北10km の細長い盆地にあります。周囲を九州山地に囲まれ、日本三大急流の一つである球磨川が中央を流れ「日本でもっとも豊かな隠れ里」と称される場所。この細長い盆地に27の焼酎蔵が集中しているのは全国でも珍しく、それぞれの蔵が500年続いてきた米焼酎の伝統を引き継ぎ、自社の蔵の特徴・魅力を最大限に活かした個性あふれる焼酎を次々と造りだしています。 明治時代は日本酒の4倍もするほど高いお酒だった球磨焼酎。その価値の向上に向けた、経営者たちの取組も球磨焼酎の魅力の一つです。

Chapter 01

-地域の唯一無二性-

 人吉球磨は、球磨川とその支流があり水が豊かで、盆地の寒暖差の激しい気候は米づくりに適しています。鎌倉初期から明治維新まで約700年以上、相良藩が統治した地域で、長年にわたり独自の文化を形成しました。その一つが自然の恵みを活かした「米焼酎」です。
 球磨焼酎酒造組合 事務局長 清田さんは球磨焼酎の魅力をこう表現してくれました。「米焼酎の歴史は古く、1559年に『焼酎』の文字が残されている記録があり、室町時代からおよそ500年続いていると言われています。日本でもっとも豊かな隠れ里として「日本遺産」にも認定される人吉球磨には27の蔵があり、それぞれが個性豊かな200以上の銘柄を造りだしている全国でも稀な地域。蔵元同士のつながりも強く 、球磨焼酎や資材等の共同販売、各種事業を展開していくため、27蔵が共同出資し新たに「球磨焼酎協同組合」を設立するなど、協力し合い、技術を競い合い伝統を次の世代へ継承してきました」

Chapter 02

女性の視点を活かした商品開発で、 多くの人に米焼酎の魅力を発信 【繊月酒造】

 繊月酒造の創業は1903年。創業時から専属の杜氏をかかえ、代々独自の技術が受け継がれている蔵です。4代目の代表取締役 堤純子さんは創業家の次女。福岡の広告代理店に勤務後、2002年繊月酒造に入社。2016年に代表取締役に就任以来、女性ならではの視点を活かした商品開発を手掛けています。
 女性や焼酎を飲まない人に焼酎の魅力を伝えたいと開発されたのが、赤紫蘇のリキュール「恋しそう」。女性研究員と堤さんとで地元の赤紫蘇を使い、着色料、香料、保存料は一切使用せずに赤紫蘇の美しい色を表現。女性が企画し造り上げた「恋しそう」は、世界の女性専門家600人が選ぶ “フェミナリーズ 世界ワインコンクール2022” リキュール部門で、最高賞を受賞しました。2021年には米焼酎をベースに、熊本県産の生姜、柚子、甘夏、ヒノキ、茶など9種類のボタニカルを使用したクラフトジン「CRESCENT」(クレセント)を発売。地元で愛されている繊月酒造だからこそ、米焼酎と共に地域の自然の魅力を多くの人に伝えたいと地産地消にこだわっています。
 また海外展開にも力を入れ、現在14カ国へ輸出。堤さんと営業部長と二人で現地を回り、営業活動を行っています。「ただ『飲んでください』ではなく、どんな土地で、どんな想いで造られたのか、そのストーリーを伝えることが重要です。例えば代表銘柄の『川辺』は国土交通省の水質ランキングで唯一16年連続日本一に選ばれている川辺川の水と、その水で育った相良村のお米で造っています。繊月酒造は場所的に川辺川に近く、直接仕込み水をくみ、丁寧に造り上げたもので、『川辺』を通じて、人吉球磨の自然の豊かさもアピールしています」
 新しい試みとして、ロサンゼルス・ハリウッドのMUJEN SPIRITS社と共同で初のアメリカ専売商品となる本格米焼酎「MUJEN(ムジェン)」を開発。アメリカのバーやレストランで提供され、評判は高いと言う。
 「『まだまだ男性社会の業界で、大変でしょう』とよく言われますが、女性経営者として注目されることが商品PRに繋がるので私としては活かせることの方が大きいですね」と堤さんは笑う。次はどんな球磨焼酎の魅力を造りだし発信するのかが楽しみです。

【繊月酒造ホームページ: http://www.sengetsu.co.jp/】

Chapter 03

明治時代から続く土甕造りにこだわり、 多彩な味わいを創造 【深野酒造】

 深野酒造の創業は1823年。江戸時代から続く古い蔵の一つです。米焼酎の仕込みにはすべての蔵で土甕(どがめ)が使われていました。しかし甕は一度に生産できる数量が限られるうえに、温度管理が難しい。効率化のため多くの蔵がタンク仕込みに移行するなかで、今でも深野酒造は土甕造りにこだわっています。
 「仕込みに対しての当社の思いが土甕仕込みにあります。土甕仕込みは、まろやかな味が特徴。この製法だけは残していきたいと思っています」と語るのは7代目 代表取締役 深野誠一さん。会社を継いだ当時、経営が苦しかったそうです。「私が大学1年生の時に会社の経営が厳しくなり、大学を中退して蔵を継ぎました。当時は父と私と経理の3名。朝から仕込みを終えて、営業に回り、夕方戻ってきて瓶詰めをする生活でした」。土甕造りの良さをわかってもらいたいと必死で営業活動を続ける深野さんに転機が訪れました。九州から全国へ焼酎の消費量が伸びていった第二次焼酎ブームの頃、日本名門酒会から「甕仕込みに特化した焼酎を販売したい」という依頼があり全国展開がスタート。深野酒造のこだわりが認められたのです。
 販路拡大とあわせて、深野さんは土甕の良さを活かした新しい味造りに挑戦。当時は焼酎に使われてなかった新しい麹を使い、低温発酵させるということで華やかな香り、フルーティな味わいを実現した「彩葉(さいば)」は、2000年、2001年モンドセレクション金賞を受賞。海外を意識し焼酎を樫樽で長期熟成、度数の高い物が好まれ欧米にあわせて30度にした「刻の封印」はKura Master 2021米焼酎部門 プラチナ賞を受賞する銘柄となりました。地域の人との繋がりから商売が広がっていくことも大事だと考え、人吉球磨の野菜で造る野菜焼酎や熊本県・山江村産「やまえ栗」の焼酎など、地域の食材を使った商品開発も積極的に行っています。
 球磨焼酎酒造組合の代表理事を務めている深野さんは「世界的にはまだまだ米焼酎が認知されていません。球磨焼酎としてどのように海外戦略を立てていくか。人吉球磨で団結して進めていきたいですね」と語ります。静岡から移住してきた杜氏が活躍しているなど若手社員も増え、社内は活気にあふれています。

【深野酒造ホームページ: https://www.shop-fukano.jp/】

Chapter 04

長期貯蔵熟成酒に経営資源を集中し、 球磨焼酎の価値向上を目指す 【六調子酒造】

 「かつて米焼酎は、日本酒の4倍の価格がつく高い価値があったお酒。私が長期貯蔵熟成酒にこだわるのは、その価値を復活させたいからです」と語るのは、六調子酒造株式会社 代表取締役 池辺道人さん。六調子酒造は1923年創業。池辺さんは1994年、35歳の時から代表取締役を務めています。現在は生産する焼酎の99%が長期貯蔵熟成酒。しかし、もともと長期貯蔵熟成酒に特化した蔵ではありませんでした。大きな決断のきっかけは2000年でした。
 「大規模小売店舗法が廃止され、全国チェーンの量販店・ドラッグストアと大手メーカーの商品が増え、地元の小売店が次々に閉店しました。うちのような中小メーカーは売り場を失いはじめ、危機感を覚えたのです」。生き残るためにどのような戦略をとるか、深く思考を巡らすなかで池辺さんが行きついたのが自身も大好きで、創業当初から手掛けてきた「長期貯蔵熟成酒」でした。「長期貯蔵熟成酒の魅力は馥郁たる芳香と、深い味わいにあります。そして生産するのに短くても7年かかるので量産ができず希少性がある。品質の高さと希少性があるから利益戦略に切り替えられると考えました」。将来に見込みのない製品、戦略に合わない銘柄を止めて、大胆に会社をダウンサイジング。価値を理解してくれるデパート、高級スーパー、地酒店と利益戦略を推進していきました。
 その後、フランスのKura Master、東京ウイスキー&スピリッツコンペティション、国際味覚審査機構(ITI)など数々の賞を受賞。今や長期貯蔵熟成酒の代名詞と言われる六調子酒造が次に見据えているのは海外です。現在、シンガポール、タイ、カナダ、ドイツ、イタリアへと輸出。池辺さんが今後、最も注目しているのはフランス市場です。「昔から欧米と商談する際の一番のネックは、欧米は蒸留酒を食中酒として飲まないことでした。ところが2022年フランスのソムリエたちに意見をもらう機会があり、『食中酒としての可能性を追求されたらどうか』と提案されたのです。時代も変わったのだと思うと同時に、非常に楽しみになってきました」。
 六調子酒造のパッケージは人間国宝・芹沢銈介氏、熊谷守一画伯などのデザインによるもの。酒は文化と考える池辺さんの挑戦は続きます。

【六調子酒造ホームページ: http://rokuchoshisyuzou.sakura.ne.jp/】

Chapter 05

蔵とお客様をつなぐ球磨焼酎案内人 【球磨焼酎ト球磨ノ食 開】

 国宝・青井阿蘇神社の近くに、人吉球磨生まれの大将 黒木俊明さんと女将の万貴子さんが営む「開」があります。万貴子さんは球磨焼酎酒造組合が認定する球磨焼酎案内人の一人。店内にはもう今はなくなってしまった蔵を含む28蔵元の80種類以上の焼酎が並べられ、各蔵元の特徴や人柄、銘柄ごとの造り方や味の違い、人吉球磨で焼酎を飲む時に使われる「ガラチョク」(ガラは酒器、チョクは10mlほどの猪口)を用いた焼酎の楽しみ方など、丁寧に教えてもらえます。
 「米焼酎に合う料理は何ですかとよく聞かれるのですが、原料がお米ですので何にでも合います。ロック、水割り、お湯割り、ソーダ割、お燗など、どんな飲み方でも美味しいので、ご自身でいろいろ試して自分の好きな銘柄と飲み方、料理との組み合わせを見つけるのが楽しいと思います」と黒木さん。
地元のジビエには米の甘みと熟成のコクがある焼酎、尺鮎やヤマメなど川魚には香りが華やかでフルーティな焼酎など組み合わせを楽しみながら、地元・国内外の観光客がたくさん訪れる人吉球磨の食文化を体験できる場所です。

【球磨焼酎ト球磨ノ食 開ホームページ: http://kai-kuma.com/】

球磨焼酎の歴史は、「どうすれば、もっと美味しい焼酎を造れるのか」、「どうすれば、もっと多くの人たちに球磨焼酎の良さをわかってもらえるのか」、「どうすれば再び球磨焼酎の価値を高めることができるのか」という問いに、蔵元たちが向き合い続けてきた歴史でもあります。500年の伝統・技術と27蔵の球磨焼酎に対する知恵と情熱が結集することで、再び球磨焼酎の価値が高まり、その魅力が国内外に認められる日も近いはずです。
文・兼松真理

【球磨焼酎酒造組合ホームページ: https://kumashochu.or.jp/】