Model case 12

4代目・女性杜氏が醸し出す多彩な味わいが、広島杜氏の伝統・技術を未来へつなぐ

杜氏の知恵・技術を現代に「再現」し、
世界へ発信

株式会社今田酒造本店 代表取締役 杜氏 今田美穂

広島杜氏の郷、安芸津。瀬戸内海に面し、江戸時代は広島藩の酒米の積出港として栄えた場所です。ここに、世界に影響を与えた100名の女性を選出する「BBC's 100 Women 2020」に日本人で唯一選ばれた杜氏 今田美穂さんが営む今田酒造本店があります。男性社会といわれてきた日本酒造りの世界で数少ない女性であるという功績、そして小規模な酒蔵ながら、3割を海外へ輸出し、日本酒の魅力を海外へ発信し続けていることが選出の理由でした。100年以上前に途絶えた最古の酒米の在来種である「八反草(はったんそう)」を復活させた「富久長」、牡蠣とのペアリングをイメージしたレモンのような酸味が特徴の「海風土」、日本酒の仕込み水の代わりに先代杜氏が残した吟醸を使った「レガシー」など個性的な味を生み出し、広島杜氏のストーリーと共に日本酒の魅力を世界へ発信しています。

Chapter 01

安芸津らしいお酒を造りたいという情熱が、 最古の在来種「八反草」を復活させた。

 安芸津は、吟醸酒の父といわれる三浦仙三郎氏(1847~1908)を輩出した町。三浦氏は、それまで日本酒造りには不向きといわれていた軟水を使い、ゆっくり低温で発酵させることで味と風味が整った香りが高い吟醸酒を生み出す「軟水醸造法」を確立し、広島の酒造りを発展させた醸造家です。製法を生み出すだけでなく製法を広く教えることで、広島杜氏という職人の集団を育てたことでも知られています。
 今田酒造本店の創業は1868年。代表銘柄「富久長」は、三浦仙三郎氏によって命名されたものです。今田さんは4代目の蔵元ですが、最初から家業を継いだ訳ではなく、東京の大学へ進学し、企業や財団に勤務後、安芸津に戻り1994年から酒造りに携わっています。「最初はやってみてダメだったら、辞めればいいと消極的な気持ちで継いだんです。でもいろいろな杜氏さんと出会い、その技術力の高さと酒造りに対する姿勢に触れ、これは真剣にやらないといけないと覚悟を決めました。それに酒造りをやってみたら面白くて。上手くいかないことが多かったからこそ、もう一年、もう一年と、ここまで続けてこられたのです」
 継いだ当初、今田酒造本店の経営状態は思わしくありませんでした。「私たちのような小さな蔵は、個性があるお酒を造り、味で選んでもらえないと生き残れません。安芸津は広島杜氏の郷なので、広島らしい、安芸津らしいお酒を造りたい」
どうすれば「安芸津らしさ」がだせるかを考え抜いた今田さんは、その答えを「酒米」に見出しました。
 現在の品種改良されている米ではなく、広島の自然が選んだお米で造りたいと探し、やっと出会ったのが「八反草」。「八反草」は、種もみが残っていて遡れる限り一番古い広島の在来品種。背丈が高く風に弱く倒れやすい、収穫量も少ないので次第に途絶え100年以上栽培されず明治時代の幻の米となっていました。改良されていない米は育てるのが難しく、しかも固くて仕込み水に溶けにくい。安芸津の農家の協力を得て、ほんの一握りの種もみから育てて、7年かけて商品化しました。
 「栽培も精米も酒造りもすべて手探りで、試行錯誤の連続でした。八反草は、口の中で感じる酸が、普通の酒米よりもちょっと早くキュッとくる、そして切れ味がとてもきれい、それが個性です」。八反草を使った「富久長」は、2017年Kura Master純米酒部門プラチナ賞をはじめ数々の賞を受賞、2022年にも純米酒部門 金賞を受賞するなど海外から高い評価を受けています。
 「『いい小味(まろやかで趣のある味わい)があるね』というのが広島の酒の一番の褒め言葉です」と今田さん。「瀬戸内海の魚の味を壊さないような柔らかい旨味があり、香りのある酒をつくるために、精米や発酵の技術が進化し、食に対する敏感な感覚を持つ地域の人たちの期待が、もっといいお酒を作りたいという意欲につながり発展してきました。私たちの技術のベースは、瀬戸内海に面した風土の豊かさです」

Chapter 02

先人の技術を発展させ、 世界が求める味わいを造りだす。

 「日本酒造りは近年、米を磨いて雑味をとる方向に向かったので同じような味わいのお酒が増えてしまったのですが、日本酒は本来、味に多様性があるものなのです。昔の文献にもあるようないろいろなタイプのお酒を造る方が、蔵も生き残れると思います」。今田さんは海外を含め、もっと多くの人に日本酒の良さを知ってもらうため多様な味の日本酒造りに挑戦しています。
 例えば「海風土」は、地元の牡蠣を美味しく食べるために造られたお酒。牡蠣にあうとされている白ワインはレモンの酸味であるクエン酸が多い。日本酒で酸味を造るために、普段は焼酎で使われている白麹菌を使う製法があり、その方法で酸味を上げ、爽やかな味わいに造りあげました。海外でも牡蠣を食べる国は多く、現在カナダ、フランス、スペイン、香港、中国、台湾などに輸出され人気の商品となっています。
 米を磨く形という技術面からアプローチしたのが「HENPEI & GENKEI」。従来は、酒造りに必要なデンプン質を取りだすため、お米を球形に磨いていました。これでは無駄になる部分が多い。この課題を解決するために日本で初めて動力精米機を開発した東広島市の株式会社サタケが、2019年に開発したのが球ではなく米を扁平に磨く「扁平精米」と、米を玄米と同じ形に磨く「原型精米」。この技術を用い精米の形によって味の違いをつくりだしたのが「サタケシリーズ HENPEI&GENKEI」です。「こんな小さな1粒に注目して、従来よりも少ない量の削りで酒の味のきれいさを表現できる日本の技術のすごさを伝えることで、新たな層に興味を持ってもらっています」
 「海風土」のラベルには瀬戸内海の海の幸を表現、「HENPEI 」「GENKEI」は扁平精米と原型精米を表現するなど、ラベルの細部にまで今田酒造本店のこだわりがつまっています。

Chapter 03

吟醸を世界の言葉へ。 未来に引き継がれる「レガシー」。

 今田酒造本店が輸出をはじめたのは30年近く前。海外でも日本酒を広めたいと先代の社長がはじめ、そこでアメリカのワインビジネスのスタートアップ企業と取引がスタートしました。「彼らはWebプロモーションが上手で、「プレミアムなCraft Sake」として販売してもらっています」。今田さん自らも展示会などで拡販を続け、現在、売上の3割が海外市場になるまでに事業が発展しました。
 今田さんには、中国でもっと日本酒を広めたいという野望があります。「中国では料理とお酒を楽しむ文化があまりなくて、接待に使われるようにお店では赤ワインを飲んでいるケースが多い。赤ワインの代わりに日本酒を飲んでもらえないかと、ずっと考えていました」と語る今田さん。
そこで造りだされたのが「LEGACYレガシー」でした。
 従来は日本酒とのペアリングが難しかった肉や中華料理の濃い味にあうお酒を造るため、仕込み水の代わりに酒を使う貴醸酒(きじょうしゅ)という製法を用い、貴腐ワインやスイートワインのような甘味の強い濃い味を実現。先代の杜氏が残した30年前のヴィンテージの大吟醸で造り、日本酒の技術や文化の継承の素晴らしさを一緒に伝えたいとの想いを込めて名付けられました。
 「吟醸はただ種類を表す言葉ではありません。大切な人を想って吟味して造る、広島杜氏のフィロソフィー、日本人の文化が結集した言葉。「吟醸」に込められた想いや技術の高さをもっと世界の人に知ってもらいたい。長い時間の中で鍛えられたもの、育てられたものの中にこそ、価値があると私は思うのです」。

「広島杜氏には「造り仲間」という言葉があります。会社同士はライバルだけど、酒を造っている職人同士は仲間。困ったときには助け合い、わからない時は教えあい、お互いによりいいものを造るという関係なんです」
2020年、全国39の蔵元が集まりJSP(ジャパン・サケ・ショウチュウ・プラットフォーム)が発足。今田さんは全国の造り仲間と、さらに多様な味わい造りを追究。ブランディング、サステナビリティについても学びを深めています。
今田さんには、男性社会のなかで生き抜いてきた気負いはまったくなく、あくまで自然体。酒蔵の床は、すぐに汚れがわかるよう白く塗られ清潔に保たれているなど、随所に女性ならではの細やかさが現れています。そんなしなやかさも今田酒造本店の豊かな味わいを造りだしています。日本にはまだまだ眠っている先人たちの知恵や技術があるはず。それを現在に適応させることができれば、可能性が広がります。今田さんの取り組みは、私たちに大きなヒントを与えてくれました。
文・兼松真理

【今田酒造本店ホームページ: https://fukucho.jp/】