Model case 03

老舗「和多屋別荘」の革新

二万坪の施設価値を「極大化」し、新しい宿泊業の在り方やツーリズム・商品を開発

和多屋別荘 小原嘉元

佐賀県嬉野温泉に、二万坪もの敷地に塩田川をまたぐように、いくつもの温泉やレストラン、贅沢な客室の数々を持つ旅館「和多屋別荘」があります。コロナウイルスの影響もさることながら、時代や人々の志向の変化により、日本全国の老舗温泉旅館は厳しい時代を迎えています。そのような中「和多屋別荘」の業界をリードする取り組みが注目されています。 従来の「旅館」としてのみならず、旅館の魅力がふんだんに生かされた新たなワーケーションオフィスとしての活用、また、地域の魅力を発信していく拠点としての経営――その立役者、代表取締役の小原嘉元氏に斬新な取り組みの数々についてお話いただきました。

Chapter 01

老舗を舞台に、斬新な「場」を演出

嬉野温泉の地で長く温泉旅館として愛されてきた和多屋別荘の建物は、歴史の重みを感じさせる重厚な佇まいが、訪れるものを別世界へ誘います。暖簾をくぐると、季節を少し先取りした室礼に迎えられ、和の世界に……と思いきや、意外にも和を活かしつつもモダンな空間が広がります。歩を進めるごとに、そのギャップの小さな驚きが期待に変わる楽しさ。これこそが、小原氏が創り出す「今の和多屋別荘」の世界です。
広々としたロビーの先にある月見台に出て眺める景色は、箱庭を中心に広大な和多屋別荘の全景。館内には、足湯が楽しめるテラス、洗練されたセレクトショップ、そしてピエール・エルメ・パリとコラボした、全国にある他のブティックとは異なる日本で唯一の嬉野茶を使ったピエール・エルメスイーツのショップ、さらに嬉野茶が楽しめる茶寮カウンターと、厳選された数々の本に囲まれた「好きなものに浸れる世界」が広がっています。
ただ、小原氏はこのスタイルで新たな世界を創り出し、継承していくのかと思えば、また違うところが、驚きです。
「今はこういうシュっとした感じですが、これはあくまで僕が描いた世界です。時流をつかんで在り方を変えていくなら、なんでもアリ……それがその時代の、その経営の、正解だと思います」と語る小原氏の柔軟さと決断力、実行力が、時の流れに飲み込まれて沈みそうになっていた老舗を、蘇らせたのです。
今でこそ新たな展開で業界をリードする和多屋別荘ですが、順風満帆ではない苦しい時期を経て、気づいていなかった嬉野の価値を見出したのです。「1300年沸き続ける温泉、500年の歴史を持つ嬉野茶、さらに二万坪を超える土地に広がる和多屋別荘の庭や建物。これを一から創り上げるのは到底無理で、受け継いだ時には泥舟と思ったものの、実は宝船だと思うようになりました」というターニングポイントを経て、持てる資産価値を最大限にアピールするスタイルを確立したのです。

Chapter 02

広大な旅館の空間を 活用する新しい取り組み

広い館内には、エリアごとに雰囲気の異なる客室が揃っています。温泉旅館ならではの風情が楽しめる露天風呂付きの和室はもちろん、日本を代表する建築家 “黒川紀章氏” が手掛けたタワー棟には、展望風呂付きの部屋や、ホテルのような洋室も。しかし、かつては団体旅行などで使われたいくつもの宴会場や膨大な数の客室の一部は使いきれていません。それを有効活用するための、現代ならではのアイディアとして展開したのがワーケーション利用。働く場所の自由度が高い職業の人が、中・長期滞在して利用することが可能で、そのための朝食付き宿泊プランがあり、Wi-Fi、オフィス備品類、コワーキングスペースの提供など、ワーケーションならではの特典も用意されています。そして、滞在中はいつでも温泉に入り放題という特典も。リフレッシュすることで、仕事の効率も格段に上がりそうです。
しかし、ここまでなら、今や全国で同様の取り組みも見られます。小原氏はそこからさらに一歩踏み込み、客室を改装してオフィスを誘致しているのです。東京など遠方からすでにいくつかのオフィスが入居済みで、嬉野に仲間入りしています。
長い廊下を渡り、例えれば料亭の個室のような引き戸の横には、オフィスの表札が。どこか不思議な雰囲気です。中に入ると、スッキリとモダンな室内には、大きなモニター、そしてこのオフィスのために専属の大工がしつらえた一枚板の大きなテーブル。入居者のみなさんは、このオフィスで一緒に働くのはもちろん、一人でアイディアを練りたい時などは、館内のどこでも、お気に入りのスペース、時には外の空気や風が感じられるテラスでも、仕事ができるのです。
オプションではありますが、和多屋別荘ブランド「読者とお茶を愉しむための書店 “BOOKS&TEA三服”」 の「茶ブスク」(=お茶のサブスク)を利用している方も。この斬新な環境なら、これまでの仕事の枠を超えたパフォーマンスを発揮できると社員の方も笑顔で答えてくれました。

Chapter 03

地産地消を実践。 地域との連携が生み出す魅力

旅館の魅力にさらに磨きをかけるのが「食」。館内のレストランで使う食材は、地元の提携農家から届けられます。ときにはシェフ自らが足を運んでコミュニケーションをとることも。その料理の魅力を引き立てるのが、キャンバスとしての食器。館内のレストラン李荘庵では、作陶家であり李荘窯の代表である寺内氏と提携し、すべての食器を特注しています。「有田焼は装飾品としての需要が高かったけれど、実用品としても魅力を伝えていきたい。今はCGを使って、デザインの打合せができるようになって、試作の時間や労力を無駄にすることなく、チャレンジができるようになったんですよ」と寺内氏が語る李荘庵の器は、いわゆる有田焼とはかなり趣を異にするモダンなデザイン。海の向こうで愛でられた日本文化という意味ではクールジャパンの草分けとも言える有田焼の、よい土や、高い技術を、現代のスタイルに昇華させています。
もちろん、料理だけではありません。レストランごとに、地域の蔵元と連携した日本酒を、また、地元のパティシエやショコラティエによる、佐賀の魅力ある食材を活かした菓子類や、チーズファームの佐賀産チーズの販売も展開しています。広くその名の知られる嬉野茶の魅力を伝えることにも余念がありません。お茶と本が満喫できるブックコーナーの一角には、副島園本店があり、カウンターバーや本棚に囲まれたシートで、嬉野茶を楽しんだり、茶葉を購入することもできます。
さらに大胆な楽しみ方として、嬉野茶の茶園とのコラボレーションにより、茶畑の中にある「茶空間」でのアフタヌーンティーサービスを提供。山間に広がる茶畑を眼下に望む洗練された空間で、茶師が一杯ずつ淹れる極上の嬉野茶を、味わうことができます。このサービスは、小原氏が地域で最初に手掛けたイベント「ティーツーリズム」の発展形。素材の持つ魅力を、さらにパワーアップさせる演出は和多屋別荘の真骨頂といえるでしょう。

「旅館は、ここに限らず、地域で最も人の集まりやすい場所です。この利用価値の高い“場”に、地域の資産を集結させれば、地域全体の魅力を発信できる拠点になれます。嬉野の温泉やお茶と同様に、全国の各市町村に、身近すぎて埋もれている魅力が必ずあります」と静かに、しかし、熱く語る小原氏。
かつて「見せ方が、1センチずれてるんですよ」という指摘に目から鱗が落ちる思いで嬉野の魅力を再発見し、付加価値をつけて発信するスタイルを確立したとのこと。同様に、伝えきれていない各地の魅力をリデザインすることで、歴史と魅力のある全国の旅館が息を吹き返し、新たに発展する流れが作れるのです。
文・凛 福子

【和多屋別荘ホームページ: https://wataya.co.jp/】

動画のダイジェスト版はこちら