「評価資本主義(エバリュエーション・キャピタリズム)」という考え方がある。世界の人口居住地域の常時接続率は90%を超え、人々はSNSをはじめオンラインメディアで繋がりあいデジタル・コネクトされた現代、「シェア」、「いいね」、「コメント」などの行為を通じて、「評価」をキャピタルとした社会が広がってきている。人々はこれまで貨幣資本、労働資本、社会資本、産業資本など様々なキャピタルをモノサシとしながら経済活動や生活文化、社会活動を営んできたが、現代社会においては、世界の人々が何を評価し、何に関心があり、どんな価値軸のシフトをしてきたのかという「評価資本」のポートフォリオを可視化し、分析することは社会の現状認識や未来予測として有効性がある。特にこのCOVIDシンドロームの時代に人々の価値観は著しく変化し、社会システムや経済状況、政策なども新しい枠組み化が進展してきた中、「鳥の目(俯瞰思考で生態系を分析する)」、「虫の目(観察思考で仕組みを分析する)」、「魚の目(比較思考で流れや傾向を分析する)」という三つの科学的視力を強化することで次の時代のクールジャパン戦略のフレームワークづくりに活用をしたいと考えている。
今回、内閣府 知財事務局とクールジャパン官民連携プラットフォーム(CJPF)では、世界を対象としたソーシャル・リスニング調査を行い、代表的な結果をインフォグラフィックスを通じて一般公開することとした。様々な分析結果が導き出された中、端的にそれを表現するならば現代は「Sustainability(サステナビリティー)」、「Social(ソーシャル)」、「Circular Economy(サーキュラーエコノミー)」、「Community(コミュニティー)」などのSC時代化が進展してきている。まさに、グリーン・クールジャパン元年ともいえる大きな価値転換が求められている中、CJPFでは「食・食文化」を起点とした戦略全体の見直しを推進している。具体的には「発見」、「共感」、「共創」というステップを掲げ、日本国に存在する有形無形のCJ資源を活用し、世界の国や地域と国内の人々が垣根を超えて次の時代を共に開拓してゆくような伴走型のフレーム作りをしてゆきたいと考えている。
”日本”という文化価値について世界視点や未来型思考で再編集し、地球サイズで社会や経済をアップサイクルをしてゆく活動がこれからの時代の新クールジャパン戦略であると信じている。そうした第一歩として、オウンドメディア「cjpf.jp」の開設を通じて、世界におけるジャパナイズド現象(Japanized Effect)の分析や、先進事例のモデルパターン検証やコンテンツ化を推進し、n数のこたえを導き出すきっかけとなりたいと考えている。
投稿タグ: 日本の食文化
黒潮の恩恵を受ける、地域が誇る個性豊かな食文化
世界が期待する日本のフィッシュ・ガストロノミー
海外からの友人やお客様が来日されるたび、必ずと言っていいほどリクエストされるのは寿司です。
ご存知の通り、近年世界的に寿司や日本食は人気になっており、各国で急速な店舗展開がされていますが、やはり日本で食べるそれは格別に感じます。
地球の表面の約70%は海であり、古代より人々は漁業を営み、それを食すことで人類の貴重なタンパク源としていました。しかしその中でも、日本の魚文化は特別な存在であると言えます。
日本は島国であり、面積から見ると小さい国ながら世界のトップ10に入る海岸の長さを持っています。釣りや海産物の文化にも長い歴史があり、約7500年以上前、縄文時代にも定置網を利用しており、魚は生きていく上で大切な食べ物とされていました。
現在もなお、魚は日本の貴重なタンパク源であり、東京にある豊洲市場は世界一の規模を誇る卸売り市場として知られています。毎日約1,400トンの魚が世界から集まり、また世界各国に輸出されています。世界中からフィッシュ•ガストロノミーを求めて来日する人は後を絶ちません。なぜなら日本には、古くから連綿と続いてきた魚の食文化があるからです。生産、加工、流通、消費までの過程は世界のどこよりも優れており、結果的に日本で消費される魚料理は鮮度が良く、美味しいのです。
私の考える『フィッシュ•ガストロノミー』とは、これまで日本が培ってきた魚文化を背景に出来るものです。鮮度が命と言いますが、日本の魚は最高の状態でシェフの手元に届きます。最高のパーフォースが発揮できるのも、最高の食材がシェフの手元に最もいい状態で届くからだと言っても過言ではありません。文化、歴史、技術、全ての調和によって世界が熱望するJapanese Seafood Gastronomyが出来上がるのです。
流通技術、加工技術、料理技術の高さにも関わらず、国内では過疎化や若い世代の魚離れにより、年々水産物の消費が減少しています。一方、世界的な人口増加と食糧危機の予測により、これからの持続可能なタンパク源の確保は緊急の課題です。世界的にはヘルシー思考や日本食の流行により、魚の需要は増加傾向にあります。いよいよ日本の鮮度の良い魚と同様、フィッシュ•ガストロノミーは多くの人に求められており、世界の桧舞台に立つ時期が近付いています。しかしながら、日本が世界へ品質の高い魚と料理のノウハウを供給する土壌はあるでしょうか?デジタル•トランスフォーメーションにより生産現場の効率を上げたり、輸出専用の漁場を作るなどして初めて、日本政府の輸出目的を達成できると考えております。
日本にある素晴らしい言葉、『温故知新』にあるように、新しい創造には過去から学ぶことが必要と考えます。これまでに培った日本の高度な水産技術を基礎にして、それらをテクノロジー化することにより、日本の水産技術は更なる進化を遂げることとなるでしょう。今後さらに高まるであろうSDGsにも配慮し、最先端のテクノロジーやAIを駆使して、持続可能な魚の供給が、日本のみならず世界にも求められています。
『ホタテの概念が変わった』三陸・岩手から、世界に向けたブランド戦略。
地球社会の未来を開く、おいしい経済学〜わたしたちは、世界一「おいしい国」に生きている〜
わたしたちは「世界一おいしい国」に生きている。
世界各国からコロナ禍が収束した後に行きたい国ランキングで、日本は、アジア居住者からは1位、欧米居住者からは2位と、軒並みトップクラスです。その目的の1位は「食」。海外から来日する観光客の多くが「おいしいものを食べる」ことが目的であることはさることながら、日本は『ミシュランガイド』も星をもっとも多く保有する国で、特に東京は星の総数でも、三つ星の数でも、ミシュランの本家であるパリを大きく上回っています。日本食の店が評価されるのはもちろんのこと、フレンチやイタリアンなど外国料理で多くの日本人シェフが腕を振るい、星を獲得しているのも特色です。ミシュランに限らず『パスタ・ワールド・チャンピオンシップ』や『世界ピッツァ選手権』など、国際的な料理のコンペティションで世界一位に輝いた日本人は枚挙にいとまがありません。日本は、世界各国の味をさらにおいしく進化させる国と言えるのです。
また、日本は海山の幸が豊富なうえ、四季折々の旬の食材もあります。優れたサプライチェーンもあるため、それらをフレッシュな状態で食べることも容易ですし、保存食から発展した発酵技術も旨味に広がりをもたらしています。他にも、伝統料理や郷土食など地域によって異なる食文化の多様性に、調味料や加工食品をつくる工場の「調味の技術」の高さなど、日本食の良い点は数多あるのです。これらの、日本がもともと持つ「おいしい」技術に加え、ヘルシーで、かつ、欧米的なの食事よりも環境に対する負担が低いという点も、世界の国々からリスペクトを集めています。2005年当時、海外の日本食レストランの数は約2.5万軒でしたが、2010年には5万軒となり、2020年には15万軒まで膨らんでいます。いかにして、世界中からリスペクトされるこの食文化を「数百年継続する日本の優位性」として残し、発展させていくべきかを国をあげて真剣に取り組まなければならないのではないでしょうか。
世界人口が爆発的に増えると予想されるこれからの未来を考えると、「食」は世界的な成長産業といえます。その中で、高い技術や伝統を持った日本の食文化は強力な武器となるのです。しかし、現状では「食」という「資産」がもたらす可能性に日本に暮らす人々が気づいておらず、自然環境や農業・漁業に関する知見や調味技術など、「食」にまつわる資源の喪失・流入を招いているのも現実です。過去の「失われた30年」のようにこのままビジョン無き30年を過ごしてしまうと、「食」に関する多くのアセットは、おそらく、この数年以内に継承されないまま静かに消えてゆく「サイレント・デス」を起こすでしょう。
では、いかに日本の「食」という資産を活用するのか。
それを考える上で重要なポイントはビジョンの共有です。わたしはこれを日本の「おいしい未来戦略」と名付けたいと思います。「おいしい経済大国」への道を明示することが、脱成長時代と言われる日本における、未来への成長戦略なのです。
爆発する世界人口とは対照的に、少子高齢化による未曾有の人口減少時代を迎える未来の日本において、もともとある資産を活用して最もポジティブに輝かせる戦略は、「日本の食」という優れた資産をベースにこれまで培ってきた伝統と技術を新しい発想で組み合わせて「おいしい経済圏」をつくることだ、と、わたしは考えます。わたしたちの生きる現代の日本社会は、大量生産・大量消費の時代に作られた人口が増えることが前提のシステムで動いています。人口が減るのにその仕組みを続けようとするならば、無理が生じるのは当然です。それならば、発想を転換して「人が少なくても幸せな暮らしはどういう姿か?」を考えることが必要になります。
また、世界各国が日本の「食」に学んでいることも事実です。アメリカの食のハーバードと言われる料理大学「CIA(The Culinary Institute of America)」もそのひとつ。日本食がおいしくてサスティナブル、そして、健康的であることにも起因します。これは日本の強みです。心と身体が健やかである暮らしは、純粋に楽しいものです。自然を感じるロケーションの中、誰かと一緒にご飯を食べて、それがおいしく身体にいいものだとしたら、それはもはやエンタテインメント同様の楽しさと満足感を提供できるものになるでしょう。
オランダの『リージェン・ビレッジ』は世界初の地産地消コミュニティとして富裕層の獲得に成功し、エストニア『イーレジデンシー』は透明性のあるコミュニティで、先進的な企業に支持されました。では日本では?と考えた時、「健康的でおいしい」という強みを真剣に訴求することに大きな可能性があります。「健康でおいしい」体験ができ、さらにエビデンスとしての効果が明らかであれば、やってくる人は必ずいるでしょう。また、デスティネーションを求める人たちにとって、日本の治安の良さや清潔さ、口に入れるものへの安心・安全は明らかな優位性です。観光に限らず、「どこのコミュニティで生きようか」と考えたとき、選択肢に入りやすい要素を持っている、とも言えるでしょう。そういった人々をオランダやエストニアのように生態系に取り込んでいけば、日本にもこれまでにない「おいしい経済圏」が誕生するのです。
「日本料理や日本の『食』はすごい。ナンバーワンだ」と偉ぶることは簡単です。しかし、その源流には多くのアジアの国々からいただいた文化があるのです。明治期の思想家である岡倉天心は、かつてニューヨークで発刊した著書『THW BOOK OF TEA』のなかで、「自然を凌駕していく西洋的な文明は、自然と一体となり共存していく東洋的文化から学ぶべきだ」と主張しました。自然と共生し調和する暮らし方と、健康でおいしい食の喜びを「日本の専売特許」とするのではなく、「アジアからいただいたもの」という意識を重んじながら世界へと発信する。そのうえで、日本の後に少子高齢化を迎える東アジアの国々の課題解決にも貢献していくことができれば、数々の文化を黒潮によっていただいてきた日本にしかできない貢献であり、リーダーシップにも寄与するのではないでしょうか。
最後に、わたしが考える「日本の美味しい経済を実現する10の指針」を記します。これは日本の「食」に対する指針ですが、同時に国内の経済対策であり、国際社会に対する日本らしい貢献を生み出すものです。この10の指針を実践することで日本のブランド力も向上させ、食を通じたグローバルでポジティブな循環を生み出すことを目指しています。
==
1.ジオガストロノミー
高低差の激しい山々、広い海域と力強い海流、そして天からのあらゆる恵みに富んだ多種多様な地域性が、強い生命力を有する水の力・土の力を生み出した。そんな大地と水の力に満ちた食の純粋さ、素材の強さ、おいしさを地域特性ごとに表現する。
2.季節性
千年以上にわたって四季折々の自然と共生し、向き合い続けて生きたその歴史に想いを馳せ、春が来ることへの喜びや、秋の収穫への感謝など、二十四節気・七十二候にも及ぶアジア独自の季節の移ろいに対してのセンスやリズムを、未来に向けてもう一度研ぎ澄ます。
3.里山・里海生活文化
世界に誇る里海の生態系をつくってきた先人への感謝を国民全員で共有し、後世に引き継ぐ活動をリスペクトする。それを日本だけに留まらない命の循環・食の循環の普遍的モデルとして位置づけ、世界に拡げることにも尽力する。
4.健康に貢献する食文化の継承
発酵技術などに代表されるような、日本だけでなくアジア全体に残る食生活文化に、古くから宿っている健康で幸せに生きるための叡智をレシピとして再編集し、次世代の子どもたちと共に継承し、分かち合う研究・実践の場を拡げ、学びの機会を拡げる。
5.文化多様性への寛容性
八百万の神を大事にするように自然と共生すると共に、あらゆる外国の文化を生活に取り入れ、長い年月をかけて成熟させてきた。そんな多様で寛容な好奇心を常に持ち、世界の食文化を「おいしい」でつなぐガストロのミーハブとしての役割を果たす。
6.グローバルセンス
世界の人々の食の未来課題、価値観や嗜好の変化などに常に意識を持ち、日本の各地域における食の特性が世界といかに同期しながら共創し、貢献・発展できるかに想いを馳せ、その永続的つながりを構築する努力を惜しまない。
7.SDGs
地球環境負荷が低く、ヘルシーでもある日本の食文化は、サスティナブルな社会実現へのソリューションになり得るという自覚を持つ一方、食品ロスなどの自国特有の課題に正面から向き合う覚悟を持ち、完全循環型社会の実現を目指す。
8.ブランドとデザイン
全ての食関連分野にITとデザインを活用することで、コミュニケーション&ブランド戦略を強化する。日本の食関連の様々なストーリーを世界に発信することにより、結果的に食だけに留まらない日本全体のブランディングに寄与する。
9.テクノロジーの活用
日本独自の「おいしい」の担い手である匠の技とAIやフードテックなどの先端テクノロジーを融合することで、食に携わる人々全ての叡智を糾合し、知財化を目指し、世界と交流する「おいしいグローバルコミュニティ」づくりを推進する。
10.食産業のコミュニティ化
飲食店や農業・漁業、食品、小売業などの食関連産業に留まらず、エンターテインメント、家電やモビリティ産業などに至るまで、あらゆる産業や学術研究者や政治家などのマルチステークホルダーと連携し、「世界一おいしい社会の実現」こそが日本の成長戦略の要だと位置づける。
食の楽しさ、つながる楽しさ、生きる楽しさ、それらを大切に育てていくこと。それがこれからの、日本の成長戦略なのです。
地球環境問題の解決の鍵は食と食文化にあり
今を生きる我々は、地球規模の様々な問題――人間活動に伴う地球温暖化、生物多様性の減少、窒素汚染、新型コロナウイルス感染症など――を抱えています。日本で暮らしていると、地球のあちこちで起きている事が遠い世界の関係ない話に思えるかも知れません。しかし、モノも情報もあっという間に世界を駆け巡る今、地球はとても狭くなりました。面倒だと押しやったものが一回りして返ってもきます。世界から食料・飼料・原料・燃料をかき集めている日本は、世界の「将来可能性」に大きな責任を持っています。言い換えますと、日本が問題解決に本気になれば、貿易でつながる世界全体がよくなります。これぞクールジャパンの本懐でしょう。
冒頭の文に書いた「窒素汚染」には馴染みがないかも知れません。窒素は、タンパク質や核酸などの生体分子に欠かせない元素です。我々は、食品のタンパク質から窒素を摂取しています。大気の約8割が窒素ガス(N2)であるとおり、窒素そのものはどこにでもあります。ただし、N2は安定で何もしない物質です。アンモニアなどの反応性のある形に変えてはじめて、作物生産の肥料、工業生産の原料、エネルギー生産の燃料として利用できます。20世紀初期にアンモニアの人工合成技術が実用化され、特に肥料としての窒素は我々に食料の大増産という大きな便益をもたらしてきました。ところが、我々が使う窒素の多くは反応性を持ったまま環境に漏れ出します。その結果、地球温暖化、成層圏オゾン破壊、大気汚染、水質汚染、富栄養化、酸性化など様々な環境影響が起こります。この複合的な環境影響を「窒素汚染」と呼びます。
地球は大きいけれども有限です。地球には人間を含む様々な生き物たちがいて、互いに影響し合って生きています。大きくなり過ぎた人間の営みは、地球の物質循環を大きく変えて様々な環境問題を引き起こし、他の生き物たちを生きにくくさせてもいます。将来世代が幸せに暮らせるように、地球の生き物たちがあるがままでいられるように、我々にできることはたくさんあります。我々の日々の「食」は地球環境問題に深く関わっています。食料の生産・流通・加工・消費・廃棄は、環境への温室効果ガスや窒素の重要な発生源です。食品の種類によっては生産に伴う環境への負荷が大きなものがあります。食品ロスは、食べずに捨てた食品の生産から手元に届くまでに投入された全ての資源を無駄にしてしまいます。「食」を見つめ直すことは、小さな効果の積み重ねとして、地球環境問題の解決に着実に貢献します。日本には、豊かな食文化、食材、何より人材があります。全国津々浦々で培われてきた食文化の再訪も然り、新しい食文化の創出も然り、持続可能な食の在り様を皆で考えて、実践して、世界に発することで、世界の「将来可能性」を引き寄せられたならと願っています。「食」と「食文化」は地球環境問題を解決する鍵となるのです。
里の食文化から考えるサーキュラーエコノミーへのヒント
名古屋にてCOP10が2010年に開催され、10年以上の月日が経っているが、その際SATOYAMAという概念が世界に紹介され、少しずつ世界に浸透してきたように感じられる。また気候変動の影響が世界各地で顕在化し、covid-19の台頭が人間社会に新たな方向性に向き合うことの必然性を突きつけているように感じている。
サーキュラーエコノミーには世界中にて多くの定義が存在するようだが、重要な概念として、使い捨て(直線型経済)、リユースにも留まらず、使用したモノやその中間過程で廃棄される材料が新たに形を変えてでも再生産され価値として販売されていく流れが構築されている状況を目指すことのようだ。
日本国内の地方部の多くには、永らく脈々と受け継がれてきた里山の叡智において、こういった視点がその地の人の営みの構成要素として、今なお多く存在する。
世界的にも認知が広がった日本酒・寿司の原料となる米に関しても、非常に良くできた循環が成立している。日本酒の製造過程で生じる酒粕が甘酒や奈良漬けなどの粕漬けの原料として利用されることは周知の事実であるかと思うが、大吟醸などの精米歩合が高い日本酒を作る際には、多くの米粉が生じてしまう。これら米粉の行き先として煎餅や団子の原料として活用されている。また、同様に米ぬかも生じるが、こちらは私が住む飛騨地方においては、かつてから木造家屋の床や柱を磨くワックスのような用途で利用されている。更に秀逸なのは、家の手入れが終わったあと、その米ぬかを目の前の畑に撒くことで、土に還り、作物の肥料として再利用される。
こういった事例は里山フィールドを注視してみると枚挙に暇がなく、世界遺産白川郷に代表される茅葺き集落の茅の活用方法にもみてとれる。茅場から収穫した茅を干す過程で雪囲いとして活用し、乾燥された茅は屋根材になる。その後、雨風で傷んだ茅は屋根から降ろし、家畜の餌に。そして畑に家畜の体内で消化された茅は畑の土に戻るという非常に高度なシステムとも言える。
過去にMOTTAINAIという単語が注目を浴びたが、こういったシステムをライフスタイルの中に創り上げてきた源泉は、まぎれもなく日本人の精神性を根底があるように感じられ、これからの社会形成において手がかりの宝庫と言えるようと考えている。
最後に、サーキュラーエコノミーの視点で里山エリアから学ぶ際に、別の視点があると考えられる。そのポイントとは、貨幣を介さない物々交換の概念である。近隣住民との会話の中で、「ワシはこの車庫を酒二升で買ったんや!」と聞いてから、月日は10年も経たない。自らの畑で収穫した野菜をおすそ分けする、収穫された野菜が集う家庭ではそれらを漬物に加工して、野菜を受け取った家庭をはじめ隣人に配り歩く。日本酒や農作物など、五穀豊穣などを願う神様とムラの民との循環の要素とも言える。もしかしたら先人は、社会形成において「繋がり」の重要性を既に知っていたのかもしれない。そのあと我々は、利便性を求め市場経済、貨幣経済の利点を享受してきたが、これらのシステムも完璧ではなかった。これからの新たな豊かな社会を形成するにあたり、里山・里海に学ぶ姿勢に基づくアクションはいち早く着手すべきであろう。なぜなら、人口減少・高齢化が進む里山の寿命はもうそれほど長くはないとも言えるからである。
先取の精神で、薩摩焼酎を世界へ。―薩摩
蔵元の情熱と戦略が、球磨焼酎の未来を築く。 ―人吉球磨
「VISON」に見る、テロワール×SBNRによる観光立国の方向性
ワインの世界でよく耳にするテロワール(terroir)は、フランス語で大地を意味する「TERRE(テール)」が語源で、食品等の生育地の地理、地勢、気候による特徴=土地に根ざすものという意味である。
米国と日本における最大級のデジタルメディアであるバズフィード上では、様々な分野の記事を掲載しているが、コロナ禍で自由に帰省や旅行ができない中、「地域に根ざす食」関連のニュースへの関心が高まっており、21年度は、『#地元のおいしいやつ』 をつけた各地のグルメ記事を計34本配信、SNSで2万5千以上の拡散、125万以上のPVを獲得した。これら現在の読者の関心をポストコロナの観光に如何に活かすか、を考えてみたい。
2021年7月に三重県に誕生した日本最大級の商業リゾート「VISON」のコンセプトは『地域とともに』。地元熊野灘でとれた魚介類や採れたての野菜が並ぶマルシェやレストラン、ホテルを中心に「癒・食・知」を軸とし、伝統と革新を融合させる新しい地域経済の活性化を目的としている。同時に「VISON」は、人口減少と高齢化、農業や林業の担い手不足など、日本の多くの地方の町と同じような地域課題の解決を目指す役割を担っているが、そのコアコンセプトがテロワール=地産地消だ。
テロワールを地域外の人たちに提供し、顧客単価の高い地元外の来訪者を呼び込むことで外貨を獲得する。それにより高い賃金を維持し良質な雇用を生み出す。テロワール概念の実践、つまり地域のもつ食材、文化の良さや世界観を料理を通じて地域外来訪者に伝えることで、地域の社会課題を解決していく。
「VISON」は、1000人規模の新規雇用を産み地域の課題を解決するために、同県の代表的な観光地である伊勢神宮と同等の規模である年間800万人程度の集客を目指している。
一方、いま世界的には、マインドフルネスや瞑想・ヨガブームが起きており、SBNR= Spiritual but not religious、つまり宗教的ではないがスピリチュアル的なことへの関心が高まっている。米国ピュー・リサーチ・センターのデータによれば、米国の成人の約4分の1(27%)が、自分たちをSBNRと分類している。コロナが長引くことにより、さらにこの傾向は強まっていると推測され、SBNRの視点は今後のわれわれの生活になくてはならないものになるだろう。
日本全国で、この「VISON」×伊勢神宮のような、テロワール×SBNRという新たなフレームワークによるデスティネーション開発を行うことは、ポストコロナの時代において、SDGsと経済成長を両立する骨太の観光施策となりうる。
この地域食文化×スピリチュアル的スポットという組み合わせは、スペインの、サン・セバスチャンとサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路と同様だ。日本には、四国の遍路道や永平寺、平泉中尊寺ほか、地域の食文化×スピリチュアル的なデスティネーションには事欠かないため、極めて有効な観光立国施策となろう。
ただし、これらの一定の教養が必要となる情報を発信する際には、年齢や性別などの属性だけを元にYouTubeやインスタグラム等のプラットフォームでターゲティング発信をすることでは、届けたい人にきちんと情報が届けられない。そもそも、地産地消、地域の社会課題解決などの考え方や概念に慣れ親しんで居ない人には用語からして馴染みがないため、信頼性の高いハイコンテキストなメディア上での情報発信が必要不可欠だ。
テロワールやスピリチュアル的な文化など、言語化しにくい日本固有の観光資源ソフトの魅力・強みの可視化を行い、日本国内や世界各国の読者に、①気づきを与えての興味喚起②理解促進③検討の後押しを図り、「メディアを通じての社会変革」を実現してゆく事こそ、これからのグローバルメディアの役割だと考えている。